「……さん、真琴(まこと)さん」

 雅玖(がく)に優しく呼ばれ、真琴は目を覚ます。本当に眠ってしまった様だ。慌てて上半身を起こした。

「終わったん?」

「はい。今、真琴さんのお腹の中には、真琴さんと私の子がいます」

 言われ、真琴はとっさに両手をお腹にやる。ここに、雅玖との子が。

 正直なところ、まだ実感は無い。だが事実なのだ。これから真琴は、お腹の中でこの子を育てて行く。

「産まれるまで、どんぐらい掛かるん? あやかしとの子やったら、人間の子とはちゃうかったりするん?」

「いいえ。あやかしは種族によって様々なのですが、真琴さんは人間さまなので、いわゆる十月十日(とつきとおか)、正確には280日ほど。人間の子を出産するのと同じです」

「そっか。大事に育ててあげなな」

 まだぺたんこのお腹。子はまだまだ小さな小さな生命なのだろう。これから約9ヶ月を掛けて、ゆっくりと大きくなって行くのだ。

「楽しみやなぁ。早よおっきくなって、会いたいなぁ」

 真琴が慈しむ様にお腹を優しく撫でると、その手に雅玖の大きな手が重なる。

「ええ。本当に楽しみです」

 雅玖の目は、5人の子どもたちを見るものと同じ。ああ、雅玖はきっとこの子も、大事に大事にしてくれているのだなと、真琴に思わせてくれるのだった。



 子どもたちは学校から帰って来ると、リビングで寛いでいた真琴に一直線だ。雅玖に「まずはお身体を大事に」と家事を全て取り上げられてしまったのだ。お料理ですらだ。

「お母ちゃま! 赤ちゃんは!?」

「まだ産まれてるわけあれへんやん」

「分かっとるわそんなん!」

 壱斗と三鶴のそんな応酬がありつつも、弐那と四音は真琴を取り囲む様にソファに飛び乗る。景五も真琴の前に膝を付いた。

「お腹に、僕らの妹か弟がおるん?」

「おるで。まだちっちゃいけど、ちゃんとおるで」

「ママさま、あの、触ってええ……?」

 弐那がおずおずと聞いて来るので、真琴はにっこりと微笑む。さっそくお姉ちゃんになろうとしてくれているのかも知れない。

「ええで。優しーく撫でてな」

「う、うん」

 弐那は恐々と言った様子で、小さな手を真琴のお腹に伸ばす。そして触れるか触れないかの弱さで真琴のお腹を撫でた。

「赤ちゃん……」

 弐那の頬が赤く染まる。あやかしの力で、何かを感じ取っているのだろうか。

 すると、正面の景五もじっと真琴のお腹を見つめていた。興味津々の様子だ。

「景五も撫でてみる?」

 すると景五が目を見開き、こくんと頷くとそっと手を伸ばして来た。弐那よりは少し強い力。それでも柔らかな手つきだった。

「赤ちゃん、おるんや」

 そうぽつりと呟く。景五も喜んでくれているのだろう。

 子どもたちは、きっとこうしてお兄ちゃんお姉ちゃんになってくれるのだろう。きっと雅玖と子どもたち8人で素敵な家族になる。

 全く不安が無いと言えば嘘になる。安定期に入るまで油断はできないだろう。そしていざ産む時の痛みは想像を絶すると言う。

 産まれる子はあやかしの外見的特徴を持つので、人間の産婦人科には掛かれない。なので産婦人科医のあやかしのお世話になることになっている。真琴にしてみれば何もかもが規格外なので、どうなるのか予想も付かない。

 それでも真琴は雅玖との子を産むと決めて、こうして宿した。なら覚悟を決めて、その時を待つだけだ。



 安定期に入るまでは、流産をしてしまったり、つわりがあったりする。もちろんどちらも個人差があるものだ。だから真琴はしばらくは注意しようと気を付けていたのだが。

「大丈夫ですよ。あやかしの子は丈夫ですし、あびこ観音さまのご加護もあります。きっと流産もつわりもほとんどありませんよ」

 するとその通り、つわりが全然無かったのだ。吐き気だとか、何かを無性に食べたくなるだとか、真琴が予想していたことがことごとく回避された。

 そのことをありがたいと思うと同時に、あやかしの力やあびこ観音のご加護に(おそ)れを抱いてしまいそうになる。

 雅玖や子どもたち、李里さん、あやかしとのご縁が無ければ受けられなかった恩恵である。

 神頼みをする人間は多いが、きっとその効果を肌で感じられることはそう多く無い。神仏を信じてはいるものの、全員が宝くじにあたるわけが無いし、悪いことが起こらないわけでは無い。

 それをこうして実感できることは、きっと幸せなことなのだ。守られているのだなと、本当にありがたく思う。

 雅玖と出会い、「まこ庵」を始めて、感謝することばかりである。支えてくれる雅玖に、癒してくれる子どもたち、「まこ庵」を手伝ってくれる李里さんに、「まこ庵」をご贔屓にしてくれるお客、守ってくれる父、そしてあびこ観音さまに。

 その気持ちは真琴までもを救ってくれるもので、だからこうして今、新しい生命を宿し、穏やかな心でいられる。

 周りのものを大切にし、日々を大事にして過ごして行こうと思うのだ。