パソコンのキーを叩いていた指を止めて、私は思わずリビングを見渡した。
 編集作業を始めて二日目、ちょうど中学生編の編集を終えてWEBサイトにアップした時だった。不意に、家の中から「パキ」だか「カチ」だか、そんな音が聞こえたのだ。それほど大きな音ではなかったが、少なくとも、執筆に集中していた私にもはっきりと聞こえるくらいの音量だった。
 それは一度だけで鳴り止むことなくしばらく続き、やがてふと止んだ。
 なんだろう?
 私は今、夫と愛犬と一緒に暮らしている。愛犬は私の隣ですやすや眠っているし、夫は外出中だ。つまり、家の中には私以外に誰もいない。
 いわゆる家鳴りだろうか?
 そう思ったが、この家に越してきてから数年間そんな音が聞こえたことはない。とはいえ『家鳴り』がどういった現象なのか詳しくは知らなかったので、一応グーグルで調べてみる。漠然としたイメージでは古い家で起こりやすい現象なのかと思っていたが、そんなことはないようだった。
 なるほど、と思いながらグーグルを閉じる。
 正直よくわからなかったが、たぶん家鳴りなのだろう。
 作業を中断したついでに休憩しようと、凝り固まっている体を伸ばす。執筆に集中していたので気づかなかったが、すでに夕方になっていた。そろそろ夫が帰ってくる。夕飯の準備を始めなければいけない。キリがいいので今日はここまでにしようと思った私は、パソコンを閉じて立ち上がった。
 その時、ある懐かしい人物の顔と映像が私の脳裏に流れた。
 私には、霊感の強い幼なじみがいる。私はすでに地元を離れているので久しく会っていないが、学生の頃は頻繁に遊んでいた。
 あれは中学生くらいの頃だっただろうか。私の部屋に幼なじみとふたりでいた時、何やら変な音が聞こえてきたのだ。当時の私は『家鳴り』という言葉など知らなかったし、実家だったので家族もいた。だから、単に誰かが発した物音が反響でもしているのかと思った。
 そんな私に、幼なじみが平然と言ったのだ。
 ──霊が気づいてほしい時って、こんな音出すんだよね。
 今思えば、いわゆるラップ音だったのだろう。ただ映像は思い出されたが、音までははっきり覚えていない。あれはどんな音だっただろうか。──さっき聞こえた音とよく似てはいなかっただろうか。
 いや、違う。気のせいだ。今私は怪談話を書いており、さらに忘れかけていた当時の記憶も鮮明によみがえりつつある。そのせいで自分でも気づかないうちに少なからず恐怖心のようなものが芽生え、音に敏感になっているだけだろう。
 そう自己完結し、私は夕飯の献立を考えながらキッチンへ向かった。