初めて赤い服の女の子を見た日から、私はたまに見かけるようになった。体育館に限らず、校内のどこでもだ。だけど特に何かをしてくるわけではなく、私が一方的に見かける程度だった。目が合うこともないし、彼女が私に気づいているのかはわからない。
害がないのだから、見慣れてしまえば意外と平気だった。
この日までは、平気だったのだ。
*
学校祭を目前に控えた中二の秋、四時間目の授業中のこと。
三時間目は体育だったし、私の席は窓側だからぽかぽか陽気がダイレクトに癒してくれるし、強烈に襲いかかってきた眠気に打ち勝てるはずもなく机に突っ伏して居眠りをしていた。
いつもなら友達に「給食だよ」と起こされるまで爆睡しているのに、ふと目が覚めた。時計を見れば、まだ十分ほどしか経っていない。授業が始まってすぐに寝たから、まだ半分も過ぎていなかった。
再び眠りにつこうとした時、どこからともなく視線を感じた。反射的に教室を見回す。
何人かのクラスメイトと目が合ったものの、違う、と思った。
根拠はない。だけど、この視線は彼らのものではない気がする。
さらに視線を巡らせていくうち、教室の前後にあるドアの間の掲示板に辿り着いた。視界の端に違和感を覚えて、視線をやや上にずらす。
それを見た私は、喉がひゅっと鳴った。
掲示板の上にある長方形の小窓から、黒髪の女の子が教室を覗いている。
袖の色は、赤い。
──あの子だ。
黒くまっすぐな髪は、肩くらいの長さで。
真っ白な小さな顔を、小さな手が支えていて。
背中が粟立ち、思わず漏れそうになった悲鳴を堪える。
怖い、と感じたのは、顔が見えないからだ。姿形は判然としているのに、顔だけが見えない。ぼやけているというよりも〝見えない〟という表現が一番正しい気がした。
顔が見えないのに──私を見ていることはわかる。
まさか、私が彼女に気づいていることを、彼女も知っていたのだろうか。
怖くなった私は慌てて机に突っ伏する。だけどもう眠れる気がしない、眠れるわけがない。眠気なんか二度と訪れないんじゃないかと思うくらいに全身の細胞が活性化していた。冷や汗が体を伝う感触さえも、まるで誰かに触られているみたいで恐ろしかった。
昼休みのチャイムと同時に顔を上げると、彼女はもういなくなっていた。ひとまずほっとして、平静を装いながら昼休みを過ごした。
午後からは学校祭の準備のため作業時間になる。同じチームの友達と黙々と準備を……するはずもなく、授業のない午後をわいわいと満喫していた。
「なーにしてんの。ちゃんとやりなさい」
遊んでばかりの私たちを担任が注意する。
「あ、先生! 怖い話してよ!」
チームのひとりが言うと、担任は「え、今?」と戸惑いながらも空いている椅子に腰かけた。
担任は昔から霊感が強いらしく、授業が早く終わったりした時はよく体験談を聞かせてくれる。それがなかなか怖いから、クラスの楽しみのひとつでもあったのだ。
私はホラーが大好きだから、いつもなら「聞きたい」と一緒になって騒ぐのだが、今日ばかりはあまり乗り気になれない。さっきの光景は、まだ私を震えさせていた。
そんな私の心境を知るはずもなく、みんなは早く早くと担任を急かす。
「しょうがないなあ。じゃあ一番最近の話しようかな」
怖い話を純粋に楽しめるのは、自分とは無関係だと思っているからではないだろうか。ちょっとゾッとしたい、くらいのもので、実際に霊を見てみたい、心霊体験をしてみたいという人間はどちらかといえば少数派だと思う。
少なくとも、担任の体験談を楽しんでいた私たちは完全に前者だった。
だから、担任の口から出てきた話に全員が──おそらく誰よりも私が──戦慄した。
「四時間目の授業中ね、あそこの小窓から、ずっと女の子が覗いてたんだよ」