中学生になった私は、友達と一緒にバスケ部に入部した。
 夕方に練習を終えると、外はもう真っ暗になっていた。春とはいえ、日が落ちた体育館は真冬みたいに冷える。瞬時に冷やされた汗が容赦なく体温を奪っていく。
 後片づけや雑用は一年生の仕事だ。練習で疲れきっている体に鞭打って、みんなで分担しながら片づけを進めた。
 やっと終わったと思いきや、水分補給用のポットが隅っこに残っていた。私以外の一年生は誰も気づいておらず、両手で体をさすりながら早々に部室へ戻っていく。ちょっとげんなりしながらも片づけることにした。見つけてしまった以上そうする他ないし、放置しようものなら明日顧問と先輩にこっぴどく怒られる。

 水を捨ててからポットを職員室に返却し、すぐに体育館へ戻る。部活動が終わり次第消灯する決まりなので、体育館の電気は更衣室以外すべて消されていた。だだっ広い空間を照らすのは、更衣室から漏れている光と窓から差し込む月明りと防災照明だけ。
 更衣室は入口から一番離れているものの、すべて撤収されたまっさらな床の上を歩くには充分な明るさだった。
 私も早く着替えて帰ろうと、一歩踏み出した時。

 ダンッ

 ダン……

 ダンダンダン……

 肩が跳ねて、反射的に音がした方を向いた。
 更衣室から離れた場所に設置されている壁面固定式バスケットゴールの下に、ボールが転がっている。
 そこにいたのは──中学生にしては小柄な、ひとりの女の子。
 遠いうえ暗くて顔がよく見えないが、赤い服だけがやけに映えていた。
 彼女はゴールを見上げるでもボールを見下ろすでもなく、ただ壁に顔を向けながらぽつんと立ち尽くしていた。

「何してんの? 早く帰ろうよー!」
 いつまで経っても来ない私に待ちくたびれたのか痺れを切らしたのか、友達が更衣室から顔を覗かせた。
「あ……ごめん、今行く!」
 返事をして、足早に更衣室へ向かう。途中、女の子が立っていた方をちらりと見たが、すでにいなくなっている。バスケットボールだけが、薄闇の中に取り残されていた。
 明日怒られるとわかっていても、そのボールを回収する勇気も度胸もさすがになかった。

「どうしたの? なんかあった?」
 やっと更衣室に辿り着くと、私の異変を察した先輩が言った。
「あ、あの……」
 今の出来事をみんなに説明する。
 信じてもらえないだろうし、馬鹿にされるかもしれない。そう思いながらも言わずにいられなかったのは、単純に怖かったからだ。
 笑われてしまうだろうと覚悟していたものの、意外にも笑い飛ばす子はひとりもいなかった。一年生は怖がったり困惑していたりと普通の反応だが、二、三年生は神妙そうに眉をひそめている。
「あー……そっか、見ちゃったんだ」
 三年生の先輩が言った。
 そして、ある話を聞かせてくれた。
「よくある話だよ。トイレの花子さんとか、理科室の人体模型が動くとか。七不思議じゃないけどさ、うちの学校にも一応あって」

 原因は誰も知らない。それでもたまにこんな話が浮上するらしい。
 赤い服を着た小さな女の子を目撃した、と。