私は前話『廃墟にいたもの』での体験から、中高生時代が嘘のように霊感が弱まっていった。今となっては『Interval──Ⅱ』にも書いたように、ほとんどなくなっている。
 それはおそらく、いろいろなタイミングが重なったのだと思う。
 姉は結婚して家を出たし、高校卒業後は瑠衣を始め〝ある側〟の友達と会う頻度も減った。さらに数年後、私は地元を離れたため、年に数回しか会わなくなった。
 もとより〝移った側〟だった私にとって〝ある側〟の人たちから離れれば霊感が弱まるのは必然だったのだろう。さらに姉以外のきょうだいも独立したので部屋が空き、和室から別の部屋へ移動していたことも要因のひとつだったのだと思う。心霊スポットへ足を運ぶこともなくなったし、もしかするとお祓いの効果もあったのかもしれない。
 それでも〝ほとんどなくなった〟だけでゼロになったわけではない。たまに金縛りに遭ったり、例えば『ボール』『不思議な3日間』『もうひとりのお客様』程度のちょっと不思議な体験をすることもあった。
 よってここに書けるような体験も皆無ではない。『Interval──Ⅲ』にも書いたように、原作にはまだ何話か下書きが残っているし、執筆しているうちに他の体験もずいぶん思い出した。
 だけど、本作はこの話で終わりにしようと思う。
 これは数年前、もう昔みたいに奇妙な体験をすることなどないだろうと思っていた頃の話である。

 *

 その日、深夜に友達から緊急の連絡を受けた私は、友達の家へ向かうため車で峠を走っていた。友達の家は山に囲まれているため、峠を通らなければ辿り着けなかったのだ。
 深夜の峠とはいえ、恐怖心はなかった。前述したように奇妙な出来事からは縁遠い人間になっていたし、その峠は何度も通ったことがあるからだ。
 音楽をかけながら運転し、もうすぐ山頂に着くという頃だっただろうか。
 ふいに、背筋に悪寒が走った。
 何年ぶりかも定かではないほどの感覚に戸惑いながら、気のせいだと自分に言い聞かせる。見知った場所とはいえ、改めて周囲を見れば深夜の峠など不気味でしかない。無自覚のうちに少なからず恐怖心があったのだろう。
 止まらない悪寒に耐えていると、今度は左足首が熱くなった。じんわりというレベルではなく、はっきり〝熱い〟と感じるほどの熱だ。
 ここまでくれば、怖くないわけがない。
 できることならスピードを上げて一刻も早く峠を抜けたかった。だけど車がぎりぎりすれ違える程度の狭い道で、さらに急カーブが連続しているのだ。私は超人的な運転のテクニックなど持ち合わせていないので、こんな道でスピードを出せばストレートに事故に繋がる。
 必死に葛藤している私を嘲笑うかのように、突然ナビの画面が乱れだした。次いで音楽がバグり、激しいノイズが走る。
 軽快に高音を歌っていた声は押し潰されているみたいに低くなり、アップテンポだった曲調が今にも止まりそうなほどスローテンポになった。
 これ以上はやめてくれと胸中で何者かに懇願しながら、それでも慎重にハンドルを握り、なんとか峠を抜けたのだった。
 国道に出る頃には、ナビも音楽も通常通りに戻っていた。故障だろうかと現実逃避をしてみるも、買ったばかりの新車だったのだ。それにあの日以降、ナビも音楽もバグったことは一度もない。

 無事に友達の家にたどり着き、状況が落ち着く頃にはすでに朝方だったため、仮眠を取らせてもらうことになった。
 少し悩んだが、友達に峠での出来事を話した。気のせいだよとか、峠だから電波がどうだったんじゃないかとか、なんでもいいから笑い飛ばしてほしかったのだ。
 だけど私の話を聞いた友達は、神妙そうに眉根を寄せた。
「……どこの峠通ってきたの? いつもの道?」
 あの峠には、いくつかの道がある。
「え……あ、そういえば」
 この日、私はいつもと違う道を通っていた。前述した通り私は運転技術にそれほど自信がないので、普段は遠回りになってもなるべく広く舗装されている道を選んでいたのだが、今回は深夜だったことと緊急だったことも重なり、普段はあまり通らない最短ルートを選んだのだ。
 そのことを説明すると、友達の表情は一変した。
「……○○ホテルって看板なかった?」
「名前までははっきり覚えてないけど、ホテルっぽい建物はあったと思う」
 言うと、友達はいよいよ驚愕した。
「そこ、何年か前に殺人事件があって潰れたホテルだよ!」


END