本作の編集作業を始めて十日が過ぎた頃から、私は少し迷っていた。
このまま書き続けてもいいのだろうか、と。
物音の正体はいまだ不明だが、ずっと続いていた。しかも、最初より聞こえる回数が増えているし音も大きくなっている。
そして、やはり本作の執筆中にばかり聞こえるのは、おそらく気のせいではない。
とはいえ、昔のように何かが起こるわけではない。単なる物音だ。途中で投げ出したくないという気持ちは変わらないので、執筆を続けていたのだが──ここ数日、執筆中でなくとも不可解なことが起きるようになったのだ。
就寝中、金縛りではないが体に不快感を覚えて目が覚めてしまう。変な夢を見る。愛犬とリビングで寝れば、深夜に愛犬が部屋の隅に向かって低く唸りだす。これらはすべて、一度や二度ではない。
とはいえ、しょせんは物音、金縛りもどき、夢である。すべて〝気のせい〟や〝考えすぎ〟で済む程度の出来事だ。愛犬に関しては、外から車の音でも聞こえたのかもしれない。
そう考えるようにしてはいても、私はさすがに恐怖心を自覚せざるを得なくなった。
思い出してしまったのだ。
過去に、本作を未完結のまま非公開にした理由を。
私は、中断を視野に入れながら原作の残り話数を確認した。ここまで、これはさすがに怖くないだろうと思った話は削ってきたし、すでに社会人編に入っており、奇妙な体験をすることは学生の頃より格段に減っていたため、残るは六話だった。しかも次話は、私の体験談で一番トラウマになっている話だ。
仮にも怪談話を執筆しているのに、一番怖かった話を書かずして終わらせるのはいかがなものだろう。それにまた中途半端に投げ出せば、私自身も不完全燃焼になってしまう。
残るはあと少しなのだ。これだけ筆がのっていれば一週間もかからない。
悩んだ末、私は執筆を続行することにした。