高三の夏休み終盤。その日はお馴染みの六人ではなく、中学時代の友達と男女四人で肝試しに行った。自分も含め、私の周りはもれなく物好きばかりである。
 言い出しっぺの男の子が選んだのは、地元の心霊スポットでは一番有名な廃墟だった。ホテルなどではなく、普通の一軒家だ。
 自転車で向かい、道路脇に停めて携帯のライトで辺りを照らす。そこそこ豪邸だったのか、門から建物までは少し距離があった。レンガで作られた道の両端には大きな木が連なっていて、道の先はひたすらに黒い。
 廃墟までの数十メートルの道を歩いていく。
 女の子(仮にAちゃんとする)が声を上げたのは、廃墟の前に着いた時だった。
「……ごめん。入りたくないかも……」
 見れば、真夏だというのに両腕で体を抱きかかえてぶるぶると震えている。
「え? なんで?」
「その……やっぱり、怖くて」
「マジかー。え、どうする?」
 男の子たちが相談を始める。
 すると、ふいに廃墟の中から声が聞こえてきた。おそらく若い女の子の声だ。
 この日、私は声こそ聞こえたが不思議と恐怖を感じなかった。〝いる〟という感覚が特になかったからだ。だから、単に先客がいたのだろうと解釈していた。
 だけど一向に誰かが出てくる様子はない。誰からともなく喋るのをやめて耳を済ました時、たぶん四人ともほぼ同時に気づいた。
 誰かと話している感じではなく、ひとり言のようにぶつぶつ喋っているということに。
「車戻ろうっ」
 切迫したAちゃんの声をきっかけに肝試しは中断され、私たちは来た道を戻り始めた。
 彼女に異変が起きたのは、門を抜けて道路に出てからだった。突然「右半身が痛い」と苦しみだしたのだ。
 アスファルトに崩れていった彼女を私たちは支え、痛い痛いと涙まで流し始めた彼女の体をさする。見れば、涙は右目からだけ流れていた。
 歩くことすらままならない彼女を家まで送り届け、すぐに解散した。その後も数日間は発作みたいな痛みが続いたが、ある日突然落ち着いたそうだ。

 *

 あとから聞いた話だが、Aちゃんは霊感が強かったらしい。言ったところで信じてもらえないだろうし、それだけならまだしも痛い奴だと引かれたり気味悪がられたりしてしまうことだってあるだろう。何より自分自身が怖いから、親にさえも言わなかったのだと。
 彼女もまた私が〝ある側〟だということを知らなかった。私が自覚したのは高校生になってからだし、そうでなくともわざわざ自ら公言したくない気持ちは同じだ。
 つまりこの日は知らず知らずのうちに〝ある側〟がふたりいたことになる。私の持論に基づけばそろって奇妙な体験をしてしまう可能性が上がるわけなのだが、なぜ私は何も感じず異変も起きなかったのか。
 もちろん私のセンサーは百パーセント正確なわけではない。〝いる〟と感じても実際は〝いない〟ことだってあるだろうし、逆も然りだ。だけど、それでも廃墟などを前にすれば多少は不気味さを覚えるしゾッとする。なのにそれすらもなかったのだ。

 理由を考えているうちに、私はひとつ気づいたことがある。
 姉がいる時は金縛りに遭わない。あまりにも当たり前に過ごしていたので疑問に思わなかったが、考えてみればこれもまた私の持論に反しているのだ。
 以前にも書いたが、私はただのホラー好きで専門科ではないので心霊的な知識がない。この持論に行き着いたのは経験からだ。
 だとしたら、私が間違っていて、すべては単なる偶然だったのだろうか。
 あるいは、桁違いに霊感が強い人間がいると、それが適応されないのかもしれない。
 強い人が強烈に引き寄せてしまうのか、弱い方の勘が鈍ってしまうのか、明確な理由はわからない。だけど、この可能性はあるように思える。考えてみれば、瑠衣の家でも、瑠衣の母がいる時に不可解な出来事が起きたことはないのだ。
 あの日もそうだったのではないだろうか。話を聞いた限り、Aちゃんの霊感の強さは私なんかとは桁違いだったから。

 話を戻すと、この廃墟にはひとつだけ掟がある。
 よくある話だが、廃墟から門へ戻る途中、絶対に振り向いてはいけないと。
 私たちが前だけを見据えて早足でレンガの道を歩いていた時、Aちゃんは振り向いてしまったらしい。また後ろから女の声が、それもすぐそばで聞こえたからだ。
 彼女はその時に何かを見たらしい。怖いからあの日の話はしたくないと頑なに拒んでいたので、何を見たのかは今でもわからない。