初めての恐怖体験は小学四年生の夏、夜に自室で寝ている時だった。
もともと眠りの浅い私は夜中に目が覚めることなど珍しくない。だけどその日はいつもと違った。自然に目覚めたのではなく、体を締めつけられているような不快感に襲われたのだ。
視界は当然真っ暗闇。家族もすでに眠っているし、この辺りは畑と家しかないため車の走行音すら聞こえない。田舎の深夜は耳が痛くなるほどの静寂だった。
──どうしてだろう。なんか、怖い。
いつもならすぐに二度寝するのだが、その日はなぜかすっかり目が覚めてしまった。目が暗闇に慣れるにつれて、ぼんやりと机や本棚が浮かび上がる。自室であることが確認できたはずなのに、なぜか余計に恐怖心が増した。
目をぎゅっとつむって、再び眠気がやってくるのを待つ。だけど一向に眠気は訪れず、寝ようと思えば思うほど逆に頭が冴えていく。
ふいに寒気がしたから、眠っている間に蹴飛ばしていた布団をかぶろうと手をのばした。
その時、初めて不快感の正体に気づいた。
──体が動かない。
何これ。まさか金縛り?
声を出したいのに出ない。体を動かしたいのに指先すら動かない。
混乱のあまり、固く閉じていた目を開けてしまった。これは夢なんじゃないか、どうか夢であってほしいと願って、なんとか悪夢から脱出しなければと思ったかもしれない。
けれど私の願いも虚しく、目を開けた瞬間に異変を察した。
──さっきと違う。
漠然とそう思った。何が違うのかまではわからない。言わば第六感のようなものだったのかもしれない。
本能的に、異変の正体を確かめようとでも思ったのだろうか。とにかく怖いのに、早く眠りについて朝が来てほしいのに、意に反して神経が研ぎ澄まされていく。
自室であることはもちろん変わりない。家族は全員眠っているはずだ。
なのに、なぜこんなことを。
──誰か、いる。
恐怖はピークに達していた。もう目を開けていることなどできなかった。
違う。そんなわけない。ありえない。怖い怖いと思ってるから余計なことまで考えちゃうんだ。金縛りに遭うと、幻覚が見えたり幻聴が聞こえたりすると聞いたことがある。この気配だって錯覚に違いない。
そう自分に言い聞かせるも、どう足掻いても体は動かない。声も出ないし、呼吸さえもままならなくなる始末だ。
どうすればこの状況から脱出できるのか必死に考えていると、ふいに、うっすらと感じていただけの気配が明確なものになった。
それでも位置までは把握できていないのに、まるで吸い寄せられるように、唯一動かすことが許されている視線が勝手にそこへ向かう。
足下に、目を向ける。
ベッドを囲んでいる柵に、白い手が、ふたつ。
柵をつかんだ手の間から、恐ろしく無表情な女の人がこちらを覗いていた。
目が合った瞬間に意識が途切れて、気がついたら朝だった。
あれが現実だったのか夢だったのかは、今でもわからない。