今になって思えば、高校時代の私は霊感がピークだった。最初はただ突然起きる不可解な現象に驚かされるだけだったのが、この頃は漠然とではあるものの事前に察知できるようになっていたのだ。言い方を変えれば、その場に〝いる〟か〝いない〟かをなんとなく感じ取れることが増えていた。
 姉が言う〝嫌な感じ〟がするか否かというのは、いわゆる悪霊のような、何かしらの影響や害を及ぼす存在か否かを感じ取れるということなのだと思う。そしてそういう霊は世間一般のイメージよりもずっと少なく、だから姉が〝感じた〟時や〝見えた〟時、ほとんどの場合は〝怖い〟よりも〝悲しい〟や〝寂しい〟と感じることが多いそうだ。
 私はさすがにそこまではわからないので、必然的に〝いる〟イコール〝怖い〟になってしまう。そしてそれは──感覚的なものなのでうまく言えないのだが──〝感じる〟度合いが強ければ強いほど。
 今回は、初めて気のせいだとごまかしきれないほど強く〝感じた〟時の話である。

 *

 そこはとても有名な滝。
 少しでもホラーをかじっている道産子なら必ず知っているほど名の知れた心霊スポットであると同時に、自殺の名所でもある。ここもまた『北海道 心霊スポット ガチでヤバイ』などと検索すれば、どのサイトにも必ずランクインしているような場所だ。
 姉にも、あそこだけは絶対に行くなと釘を刺されていた。
「××の滝って知ってる? めちゃくちゃ有名なんだけど」
 高二の秋に野木くんの家で遊んでいた(もとい心霊動画を観ていた)時、野木くんが言った。ちょうど滝のシーンだったから思い出したのだろう。
「知ってるけど、行ったことはない。マジでヤバイって聞くし」
 仁くんが動画に集中しながらも答える。
 ふたりの会話を聞きながら、私はとてつもなく嫌な予感が、
「今から行かね?」
 秒で的中した。
 野木くんの提案に仁くんが飛びつく。姉が「絶対に行くな」と釘を刺すほどの場所だ。いくらある意味では心強い霊感ゼロの超鈍感コンビがいるとて、さすがに乗り気にはなれなかった。
 それほど有名な場所に行ったことがなかったのは、単に遠いからだ。免許を取ってからも意外と話題に出なかったので油断していた。
 行こう行こうと張り切るふたりを横目に、やんわり止めてくれないかと願いを込めて颯ちゃんを見れば、
「いいよべつに。明日仕事休みだし」
 いつも通りやる気のない返事をよこした。
 私が迷っている間にも、三人はさっさと立ち上がって出かける準備を始める。
「私あんま行きたくないかも……」
「大丈夫だって。早く行くぞ」
 野木くんに私の反対を秒で蹴散らされたあげく半ば強制的に連行されて、渋々ついていった。日本はいつだって多数派が正義なのだ。

 目的地に着いて車を降りた瞬間、ああだめだと思った。
 姉が口を酸っぱくして止めていた理由がすぐにわかった。
 ここはさすがにやばいと直感した。
 まさに〝感じる〟度合いが今までと比べものにならなかったのだ。
「べつに普通じゃね?」
 野木くんが辺りを見渡しながらあっけらかんと言う。
「な。俺全然怖くないんだけど。なんでそんな有名なの? 墓地あるから?」
 続いて仁くんが、罰当たりにも目の前に立ち並んでいるお墓を指さす。はっきり言って、こいつら鈍感というよりただの馬鹿なんじゃないかと心の中で八つ当たりした。
 もちろんこんな状態で中断するはずもなく、お決まりの懐中電灯を持って『××の滝はこちら』という看板が指している方向へ進んだ。
 言い訳をするようだが、怖いと感じたのは墓地があるせいではない。そもそも私は霊園を〝怖い〟とは感じない。そこに亡くなった人たちがいるとは思っていないからだ。
 決して、ここにいるのだと信じている人たちを馬鹿にするつもりはない。ただ私は、大切な人が亡くなった時、ずっとこんな閑散とした物寂しい場所で過ごしてほしくないと思うのだ。どうか、寂しさを感じることなく安らかに穏やかに過ごしていてほしい。

 看板を頼りに林の中を進んでいくと、細長い階段を発見した。ここを下りれば滝に着くらしい。だけど私は階段の手前からもう無理だった。とてもじゃないけど下りる度胸はなかった。
 私たち四人以外に、明らかに何者かの気配がする。
 人なのかなんなのかもわからない、無数の気配が。
「……私、車で待ってようかな」
 誰かが一緒に戻ってくれることを願いながら呟くと、三人は「え、ひとりで?」と声をそろえた。こいつら鬼かよと思った。薄情どころの騒ぎじゃない。
 野木くんと仁くんは意地でも引き返さないだろう。
 ならば。
「颯ちゃん、一緒に戻ろうよ。ここ怖くない?」
「いや、俺もちょっと行ってみたいかも。今日は大丈夫そう」
 思わず殴りそうになった。『ノック』の時に一緒に待っててやった恩を忘れたのか。ていうか霊感あるって豪語してたの誰だ(私も百パーセント勘が働くわけではないが)。
 ひとりで戻ろうか。だけど、千歩譲って車で待つのはまだしも林の中をひとりで歩く勇気はさすがにない。迷っていると、車まで送ろうかと颯ちゃんに言われたが、そのあと颯ちゃんがひとりでここを歩くことになる。それもそれで心配だった。
 三人についていくしかないなと諦めて、やっぱり行くと答えた。野木くんの家でこの場所の名が出た時、姉の忠告に従って帰るべきだったのに、ここまで来てしまったことを心底後悔した。

 階段はふたりずつ通れるくらいの幅だった。前に仁くんと野木くん、後ろに私と颯ちゃんという並びで階段を下りていく。
 私はすでに限界を迎えていた。悪寒と震えが止まらなかった。
 階段を下りきると、すぐ目の前に川が広がっていた。その奥には例の滝がある。高さも水流の勢いも全部含めて、確かに落ちたらひとたまりもないだろうと思った。不謹慎かもしれないが、自殺の名所になるのも納得できてしまう。
 オカルトマニアコンビはここに来ても何も感じないらしく、滝を懐中電灯で照らすほどの余裕っぷりを発揮する。そこに無数の顔が浮かぶという噂があるからだ。
 私は絶対に見まいと顔を背けながら、それでも震えが止まらなかった。
 遠くで感じていた気配が、今はもうすぐそばまで近づいてきていた。
 見えてはいないから確信はない。
 だけど、囲まれている気がしてならなかった。
「……もう帰ろう」
 ひどく細く、さらにかすれて震えている私の声がはっきりとは届かなかったらしく、三人は「なんか言った?」と振り向いた。もう一度言おうと、大きく息を吸い込んだ時。
 視線の先で、仁くんの右足首に白い手が絡まっていた。
「帰ろうってば!」
 私が声を荒らげたことに驚いたのか、あるいは私の怯えようにただ事じゃないと悟ってくれたのか、三人はすぐに引き返してくれた。
 私たちを囲んでいた気配は、その場から離れるまでずっとまとわりついていた。

「おまえ何見た?」
 車でしばらく走った頃、颯ちゃんが私に問いかけた。
「……なんで? 何も見てないよ」
「怯えようが尋常じゃなかった。正直に言ってみ、何見た?」
 問い詰められて根負けした私は、仁くんの足首に手が絡まっていたことを伏せながら、無数の気配を感じていたことを話した。
 仁くんにとっては念願の心霊体験なのだから喜ぶかもしれないが、私自身が口にしたくなかった。
 だけど、
「……俺の足首、誰かつかんでなかった?」
 話し終えるとすぐに仁くんが言った。
 滝を出てから珍しくずっと黙っていたことに今さら気づく。
「え……なんで?」
「滝んとこにいた時さ、急に右足が重くなって。なんていうか、引っ張られてる感じしたから……」
 気づいてたんだ──。
 うん、つかんでたよ──とはさすがに言えず、私にはわからない、何も見ていないと嘘をついた。それでも、夜遊びを中断してすぐに帰宅したのは言うまでもない。

 もうひとつ怖かったのは、家に帰ってすぐ姉に言われたこと。
「また肝試し行ったの? やめなって、変なの連れてくるんだから」