今になって思えば、高校時代の私は霊感がピークだった。
『第3夜 きみは誰』に書いたとおり、私は金縛りに遭うとき〝今日くるな〟や〝だめなやつ〟などと直感できた。その直感が、いつからか金縛りのとき以外でも働くようになっていたのだ。
最初はただ突然起きる不可解な現象に驚かされるだけだったのが、漠然とではあるものの事前に察知できる。言い方を変えれば、その場に〝いる〟か〝いない〟かをなんとなく感じ取れることが増えていた。
姉が言う〝嫌な感じ〟がするか否かというのは、いわゆる悪霊のような、何かしらの影響や害を及ぼす存在か否かを感じ取れるということなのだと思う。そしてそういう霊は世間一般のイメージよりもずっと少なく、だから姉が〝感じた〟ときや〝視えた〟とき、ほとんどの場合は〝怖い〟よりも〝悲しい〟や〝寂しい〟と感じることが多いそうだ。
私はさすがにそこまではわからないので、必然的に〝いる〟イコール〝怖い〟になってしまう。そしてそれは──これも金縛りと同様、感覚的なものなのでうまく言えないのだが──〝感じる〟度合いが強ければ強いほど。
今回は、高二の秋、初めて気のせいだとごまかしきれないほど強く〝感じた〟ときの話である。
*
そこはとても有名な滝。
少しでもホラーをかじっている道産子なら──もしかすると、そうじゃない人でも──必ず知っているほど名の知れた心霊スポットであると同時に、自殺の名所でもある。
当時アホみたいに心霊スポット巡りをしていた私たちがそれほど有名な場所に行ったことがなかったのは、単に遠いからだった。車で行くにしてもそこそこ時間がかかる。
しかしその日は連休の中日で、高校を卒業して社会人になった組も時間に余裕があったため、颯ちゃん、仁くん、野木くん、そして私の四人で急遽向かうことになった。
丑三つ時に到着し、お決まりの懐中電灯を手に車を降りる。
駐車場から林を眺めた瞬間〝絶対にだめだ〟と直感した。
まさに〝感じる〟度合いが今までと比べものにならなかったのだ。
林のほうから、禍々しい何かがうごめいているような気がしてならない。
「別に普通じゃね?」
野木くんが辺りを見渡しながらあっけらかんと言う。
「な。なんでそんな有名なの? 墓地あるから?」
続いて仁くんが、罰当たりにも目の前に立ち並んでいるお墓を指さす。
私はすぐにでも引き返したかったが、この状態で霊感ゼロの超鈍感オカルトマニアコンビが中断するはずない。何も起きていない段階で「帰りたい」と訴えたところで、聞く耳を持ってくれないだろう。口にするまでもなく諦めて、歩き出した彼らに続いた。
『××の滝はこちら』という看板が指している方向へ進むと林に入り、林を抜けると細長い階段を発見した。この階段を下りれば滝に着くらしい。だけど私は階段の手前からもう無理だった。とてもじゃないけど下りる度胸はなかった。
林の手前からずっと、私たち四人以外に、明らかに何者かの気配がしていた。
人なのかなんなのかもわからない、無数の気配が。
それがどんどん強まっていき、どうしようもなく体が重いのだ。
「……私、やっぱり車で待ってようかな」
誰かが一緒に戻ってくれることを願いながら呟くと、三人は「え、ひとりで?」と声をそろえた。薄情どころの騒ぎじゃない。
野木くんと仁くんは意地でも引き返さないだろう。
こいつら鬼かよと思いながら、藁にもすがる思いで颯ちゃんを見る。
「颯ちゃん、一緒に戻ろうよ。ここ怖くない?」
「いや、俺もちょっと行ってみたいかも。今日は大丈夫そう」
思わず殴りそうになった。『第10夜 ノック』のとき一緒に待っててやった恩を忘れたのか、ていうか霊感あるって豪語してたの誰だ、と(かくいう私も百パーセント勘が働くわけではないが)。
ひとりで戻ろうか。だけど、一万歩譲って車で待つのはまだしも林の中をひとりで歩く勇気はさすがにない。
やはり三人についていくしかないと再び諦めて、やっぱり行くと答えた。
心霊スポット巡りに慣れて感覚が麻痺していたのか、噂を侮ってこの場所に来てしまったことを心底後悔した。
階段はふたりずつ通れるくらいの幅だった。前に仁くんと野木くん、後ろに私と颯ちゃんという並びで階段を下りていく。
私はすでに限界を迎えていた。悪寒と震えが止まらなかった。
階段を下りきると、すぐ目の前に川が広がっていた。その奥には例の滝がある。高さも水流の勢いも全部含めて、確かに落ちたらひとたまりもないだろうと思った。不謹慎かもしれないが、自殺の名所になるのも納得できてしまう。
オカルトマニアコンビは例によって何も感じないらしく、滝を懐中電灯で照らすほどの余裕っぷりを発揮する。そこに無数の顔が浮かぶという噂があるからだ。気づくのが遅すぎたが〝わからない〟というのはある意味一番厄介かもしれない。
私は絶対に見まいと顔を背けながら、それでも震えが止まらなかった。
ずっと感じていた気配が、今はもうすぐそばまで近づいてきていた。
視えてはいないから確信はない。
だけど、囲まれている気がしてならなかった。
「……もう帰ろう」
私の声がはっきりとは届かなかったらしく、三人は「なんか言った?」と振り向いた。もう一度言おうと、大きく息を吸い込んだとき。
視線の先で、仁くんの右足首に白い手が絡まっていた。
「帰ろうってば!」
私が声を荒らげたことに驚いたのか、あるいは私の怯えようにただ事じゃないと悟ってくれたのか、三人はすぐに引き返してくれた。
私たちを囲んでいた気配も仁くんの足首に絡まっている手も、その場から離れるまでずっとまとわりついていた。
仁くんにそれとなく訊いてみたところ、特に異変も感じなかったそうで、足首をつかまれていたことにまったく気づいていなかった。
一安心して帰宅した私に、姉はしっかりとオチをつけてくれた。
「また心霊スポット行ったの? やめなって、変なの連れてくるんだから」



