私には瑠衣(るい)という幼なじみがいる。
彼女は『Interval──Ⅰ』や前話『不思議な3日間』で書いた〝霊感が強い幼なじみ〟でもある(前話ではまだ登場していなかったので端折ったが、莉子の霊感事件は私だけではなく瑠衣もいたからかもしれない)。
瑠衣の家──特に瑠衣の部屋は、仲間内みんなが怖がっていた。
〝ある側〟の人はみんな特定の場所に〝いる〟と言う。霊感などまったくないと豪語する人ですら何かが起きたり見たりしている。そして私も、何度か見ている。なんなら瑠衣本人も「うん、うちにいるいる」と宣言していた。
とはいえ、いくら怖くても友達の家なわけだし、瑠衣の家は私たちにとって溜まり場だったから、避けるようなことにはならなかった。あまりよろしくない言い方かもしれないが、親が緩いので自由に過ごせたのだ。それに行けば必ず何かが起きるわけではないし、みんなでいればそこまで怖くない。
──と思っていたのだが、それでもその場に〝いる〟以上、いや、それに気づいている以上、怖い思いをしてしまう時がある。
これは高一の夏休み終盤、瑠衣の家に友達数人で泊まった時のこと。
*
集合時間よりもずいぶん早く着いてしまった私は、家の前で瑠衣に『着いたよ』とメッセージを送った。けれどなかなか返ってこないし、電話をしても出ないし、インターホンを鳴らしても無反応。お風呂にでも入っているのだろうか。両親も不在のようだった。
近くに時間をつぶせるような場所もないので、なんとか気づいてもらおうと、家の周りを半周して瑠衣の部屋の窓を見上げた。けれどカーテンは閉まっているし電気も消えている。
やっぱりお風呂だとがっくりして、ちょっと歩くけどコンビニで時間をつぶすことにした。正直、瑠衣の家はたとえ庭でもひとりでいたくない。
窓から視線を外そうとした瞬間──。
窓の前を、白っぽい影が横切った。
ゾッとした私は、急いでコンビニへ向かった。
やはりお風呂に入っていたらしい瑠衣から連絡を受けて、ひやひやしながら再び瑠衣の家へ向かう。部屋に案内されたかと思えば、瑠衣は「お腹すいた」と言ってさっさとリビングへ下りてしまった。まじかよと思ったが、すぐに戻るから待っててと瑠衣が言うので部屋の主に従った。
落ち着かないせいか、やたらと時間が長く感じる。やっぱりひとりは無理だと思った私は、瑠衣を追ってリビングへ行くことにした。
立ち上がるため膝を立てようとした時。
天井から吊るしているインテリアたちが、突然ゆらゆらと揺れだした。
私はまだ動いていない。窓もドアも閉まっている。風なんて吹くわけがない。
驚いて硬直している間にも、揺れは収まるどころか大きくなっていく。
地震ではない。だって私自身も他の家具も揺れていない。どこからどう見ても、どう考えても、間違いなくインテリアがひとりでに揺れている──。
腰を抜かしそうになりながらなんとか立ち上がり、瑠衣のあとを追った。
その後、空腹を満たした瑠衣と一緒に部屋へ戻っても、インテリアはもう揺れていなかった。
やっと全員集合して、ホラー映画を観ることになった。怖い怖いと言いながらもちょっとした刺激を求めてしまうのが人間の性である。とはいえ、今日ばかりはさすがに気が乗らない。だけど空気を壊すのは憚られて、渋々観賞することにした。
再生してからどれくらい経っただろう。
ふいに背後が気になって、反射的に振り返った。
そこにはみんなが口をそろえて〝いる〟と言うクローゼットがある。洋服やらなんやらを詰め込んでいるせいでドアが閉まりきらず、常に数センチだけ開いているのもまた不気味だ。
なぜだかわからないが、とにかくクローゼットが気になって仕方がない。強烈に引きつけられて目を離せなかった。これもまた〝自分が自分じゃないような感覚〟なのかもしれない。
ぼうっとクローゼットのドアを見つめていると、次第にドアがゆっくりと動きだした。
ゆっくり、とてもゆっくり、まるで焦らすようにじわじわと開いていく。
ドアの隙間から、黒い影が姿を現した──。
「──ひっ」
思わず声を上げると、映画に集中していたみんなが一斉に悲鳴を上げた。驚かすなと大ブーイングを浴びせられながらも、今見たことは言えなかった。だけどみんなが恐れおののいたおかげで映画観賞会は中断され、普通の女子会になったのだった。
ただし、私の恐怖体験はまだ終わらなかった。
姉いわく、私も私で〝引き寄せやすい〟うえ〝連れてきやすい〟らしい。そんな体質は心から願い下げなので最初こそ否定していたが、この頃には自分でもなんとなくわかるようになっていた。ああ、連れてきちゃったかも、と。
金縛りに遭う頻度が格段に上がるし、ひとりでいるのが異常なまでに怖くなるのだ。というより、常に気配を感じているので単純にひとりになりたくない。
普段は当たり前に使っている学校や施設のトイレも、なんなら家のトイレもお風呂も、たとえどんなに慣れ親しんだ場所だろうとどんな状況だろうと、ひとりでいることに耐えられない。
ただし、それがずっと続くわけではない。期間はまちまちだが、ひたすら耐えていればいつの間にかいなくなっている。
だから、今回もその〝いつか〟が来るまでの辛抱だと、姉に泣き言を漏らしながらじっと耐えていた。
突然だが、なぜ瑠衣は霊感が強いのか。
それは完全なる遺伝だった。瑠衣の母親はとても霊感が強い人で、はっきりと〝感じる〟し〝見える〟らしい。祖母に至ってはその道専門で、お祓いなども請け負っているという。先祖代々ゴリゴリの霊感家系だ。
そんな霊感少女こと瑠衣に言われたのはお泊まり会から一週間後、夏休み明けに学校で会った時だった。
「ねえ、最近なんかあった?」
「え? 何が?」
質問が唐突なうえ大雑把で意味がわからない。
「こないだみんなでうち泊まった日、朝ママ帰ってきてちょっと会ったじゃん? それでね、みんな帰ったあとに、ちょっと気になるなあって言ってたんだよね」
「気になるって、私のことが?」
「うん……」
瑠衣の名誉のために一応補足しておくが、決して怖がらせるために言っているわけでも無神経なわけでもない。私が〝ある側〟であることを知っているから、純粋に心配して教えてくれるのだ。
とにかく、瑠衣ママが言うならもう間違いないだろう。
わかってはいたが、やはり気のせいなんかじゃなかったのだ。
「後ろにね、男の人がいたんだって。害はないから大丈夫だってママは言ってたけど……」
だろうな、と思った。
クローゼットの隙間から現れた黒い影も、金縛りに遭った時にずっと耳もとで聞こえていた声も何もかも、全部男の人だったから。
「大丈夫だよ。ありがと」
翌日、心配してくれた瑠衣に連れられて家に行ったところ、もう男の人はいなくなったようだと瑠衣ママに言われた。
彼がどこかへ行ったのか、はたまた瑠衣の家に戻ったのかはわからない。