霊感がある人のそばにいたら移る、という話を聞いたことはないだろうか。
 私自身も〝移った側〟だったと思う。『はじめに』や『きみは誰』にも書いたが、私はもともと霊感があったわけではない。姉や幼なじみや元担任など、私の周りに霊感の強い人が多かったのだ。
〝移った側〟とはいえ、強まってしまったのなら〝ある側〟の部類に属するのだろう。最初は部屋で金縛りに遭うだけだったのに、いつの間にか部屋以外でもおかしな体験をするようになってしまったのだ。もはや認めざるを得ない。
 そしてそれは、どこまでも伝染していくのかもしれない。
 当時、毎日のように遊んでいた莉子が不思議なことを言うようになった時期があったのだ(まさか寮生活でも莉子に影響を与えていたのは私だったのだろうか)。
 莉子は寮生活が始まるまで、見たことも聞いたことも感じたこともなかったのだという。自分は〝霊感〟なんて言葉とは無縁の人間だったと。寮生活を終えてから現在まで、一度もおかしな体験はしていないそうだ。寮がよっぽどヤバイってことだよね、と言っていた(私のせいかもとは言えなかった)。
 確かに莉子は〝ある側〟ではないのだろう。ただ〝寮生活を終えてから現在まで、一度もおかしな体験はしていない〟というのは莉子の勘違いだ。というより、気づいていないだけだ。
 私は知っていた。
 莉子が三日間だけ〝ある側〟に来ていたことを。

 *

 高一の夏休みを目前に控えた頃、一緒に下校している最中に莉子がいきなり道端で立ち止まった。
「あれ? 消えた」
「何が?」
「今こっちに向かって歩いてる人がいたんだけど、なんとなく気になって見てたら、急に消えちゃったの」
 私も前を向いて歩いていたが、人なんていなかった。周囲には建物もなく、散歩をするにはうってつけの和やかで見晴らしのいい田舎道だ。
 気のせいか、と呟く莉子を横目に、私はちょっとだけ嫌な予感がしていた。

 翌日、友達の家から莉子とふたりで帰っていた時。
「どうしたの?」
 莉子が言いながら立ち止まって後ろを向いた。
 私は友達の家を出てから今この瞬間までずっと莉子の隣にいるのに。
「こっちの台詞だよ。てかどこ見てんの。どうかした?」
 後ろを向いている莉子に声をかけると、莉子は弾かれたように私を見た。当惑をあらわにしながら、私と後ろを交互に見る。
「あれ……今、急に止まってしゃがまなかった?」
「そんなわけないでしょ」
「あ……そっか。だよね……」
 おかしいな、と言いながら首をひねる莉子に「気のせいだよ」と笑いかけながら、嫌な予感がより強くなっていた。
 移っちゃったのかな──。

 三日目。
 友達数人で遊ぶ予定だった私たちは、待ち合わせ場所まで一緒に行く約束をしていた。夕方頃に莉子が私を迎えにきて、着いたよとメッセージを受け取った私はすぐに外へ出る。
 すると、莉子が私の部屋の窓をぼうっと見上げていた。
「莉子?」
 声をかけると、莉子は目を見張って振り向いた。
「あれ? 今カーテンの隙間からこっち覗いてたから、メッセージ気づいてないのかなと思って見てたんだけど……」
「私だよ。メッセージ読んだ時にちょっと覗いたもん」
「ううん、今声かけられるまでずっといた。髪長かったから女の人だと思うんだけど、お姉ちゃんとか?」
「……え? あ……うん、たぶんお姉ちゃんだと思う」
「そっか。そうだよね」
 きょとんとしている莉子にはとても言えなかった。
 髪の長い女の人なんて、うちには私しかいない──と。

 *

 それを最後に、莉子は何も見なくなった。
 莉子は〝見えた〟という自覚がなかったようだし、今ではあの出来事すらすっかり忘れているので、おそらく移っていたのだろうことは莉子には言っていない。