その作品を見つけたのは、二〇二四年のお盆を迎える少し前だった。

 私は小説家の端くれだ。今はありがたいことに細々ながら活動できているが、作家デビューしてから長いこと二作目を出せなかった時期がある。その時期に考えていたネタのメモや、中途半端なまま放置されていた作品を整理していた時、とあるWEB小説サイトでそれが目に留まったのである。
 私は普段、恋愛や青春をメインに書いているのだが、その作品はホラーだった。表紙には『体験談』と書いてある。未完結のまま非公開になっていた。
 私はもとよりホラーが大好きだ。ネタのメモにはホラーもいくつかあった。
 だけど、体験談など書いただろうか?
 何年も前の作品なのでまったく覚えていない。はて? と思いながら内容に目を通していくうちに、あやふやだった記憶が徐々によみがえってきた。間違いなく私が書いたものであり、そして確かに私の体験談だった。

 断言はできないが、私は先天的に霊感が備わっている人間ではないと思う。ただ、おそらくいろんな条件が重なって不可解な体験をしていた時期がある。恋愛小説の執筆に行き詰まっていた頃、息抜きにその体験談を書いていたのだ。
 読んでみると、懐かしさも相まってなかなか楽しめた。タイミングがいいことに、季節はちょうど夏だ。なんの面白い仕掛けもない単なる怪談話など仕事には到底繋がらないだろうが、ただ夏の風物詩として読者に楽しんでもらえたらいい。幸い仕事は落ち着いていたので、息抜きも兼ねて編集しながら再公開しようと思い立ったのだった。

 夢中になって書いていたとき、ふと思ったことがある。
 なぜ未完結のまま放置し、しかも非公開にしていたのだろう、と。

 私の記憶が正しければ、この作品は公開していたはずだ。実際に、PV数がゼロではないし感想をくれた読者もいる。
 長編小説であれば途中で行き詰まることなど日常茶飯事だが、これはあくまで体験談だ。それに一話完結型なのだから、更新が途絶えたとしても非公開にする必要性はないように思える。
 しかも中身を見ればほとんど完成していた。残り数話と『あとがき』が下書き保存されているだけ。最終確認してから公開し、完結させる予定だったのだろう。

 不思議に思いながら再び記憶を辿ってみても、非公開にした理由だけはどうしても思い出せなかった。
 そもそも私は病的に忘れっぽい性格だし、一度忘れたことはよほどのきっかけがない限り思い出せない。今ひとりで考えたところで無駄だろう。書いていればそのうち思い出すかもしれない。そう楽観的に考え、再び編集作業に取りかかった。

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 作品をWEB小説サイトに掲載するとき、私は必ずパソコンのWordで原稿を完成させてから載せるようにしている。昔は携帯でサイトに直書きしていたが、途中で行き詰まった挙げ句中途半端なまま放置してしまうことや、非公開してしまうことが多々あったからだ。
 今の私は当時より小説家としての責任感が芽生えているので、一度公開した作品は途中で投げ出したくないし、非公開にしたくもない。それは商業作品でなくとも同じことだ。連載中から追ってくださっている読者がいるのだ。

 とはいえ、今回は原作を編集するだけであり、執筆しているうちに当時の記憶もずいぶんよみがえってきた。自分でも驚くほど筆が乗っているし、この調子ならすぐに完成させられるだろう。
 そう思った私は、ある程度書き上げた時点で、普段から利用しているWEB小説サイトに掲載することに決めたのだった。