「——よってこのような反応が起こります。このようなことを…」

 今は授業中。だけど…

(つまらない…)

 既に塾で習っていたので、何も面白くない。

(せっかくだし、譜読みするか。)

 吹奏楽部三大内職の一つ、譜読み。

(まあ、バレなきゃ犯罪じゃないからね。隣の席は…有島なら大丈夫か。)

 そんなこんなで、机の中から貰いたてほやほやの楽譜を取り出した。

(えーっと、ソ、レ、シのフラット…)
『千鶴さん、何してるの?』
『あ、これはその…』

 しまった。速攻で有島にバレた。

『先生が来そうだったら呼ぶから。心配しないで。』
(…神。)
『ありがと。』

 そのまま何とかばれないように、ノートに隠しながら譜読みをした。

(後は…)

 一番最後に残していたのは、私の大好きな曲。

『あ、その曲…』
『え?有島も知ってるの?』
『うん、俺の好きな曲で…』
『本当に?実は私も。』

 バレないように小さな声だけど、お互いの共通点を見つけた。

『千鶴さん、すごいよね。スラスラと楽譜を読めてさ。』
『そんなことないよ。先輩たちの方がもっと早いよ。』

 譜読みが終わってからは、指練習の時間。

(ここの連符、嫌い。)

 お気に入りの三色ボールペンを上手く利用して、指を動かしていた。

(装飾…もう良いってば…)

 どれだけお気に入りの曲とはいえ、楽器との相性がある。唯一違うことといえば、他の曲よりも楽しく練習できることくらい。

(まあ、今日のクラブで頑張るしかないか…まだまだ音の状態も良いとは言えないからね…こんな感じじゃ、オーボエの練習も大変だろうな…)

 学校ではクラリネットの練習をしているけど、家ではもちろん、オーボエの練習をしている。

(先生、今日ノート全然書かないな…珍しい。)

 まあ、その方が嬉しいけどね。

 ♢ ♢ ♢

「では、授業を終わります。号令!」

 やっと終わった…ずっと指連をしていたからか、指がつりそうだった。

「星那ちゃん聞いた?」
「ん?何を?」

 この子は花岡(はなおか)(かおる)ちゃん。同じ吹奏楽部で、フルートを担当している。結構上手。

「今日、宮下先生が急な出張でクラブが休みになったらしいの。」
「そうなの?」

 せっかく例の曲を練習しようとしていたのに、残念。まあ、今日はやることがあるから、まあいいか。

「それにしても、宮下先生も忙しい人よね。」
「確かに…今は研修とかのシーズンなのかな…まあ、先生は、その…研修が必要そうな年齢ではない気もするけどね…」
「それを言っちゃ、ねえ。うふふ。」

 今日は授業が五限までだから、家に帰ってからオーボエの楽譜を買いに行くつもり。せっかくだから、有島の好きな曲にでもしてやろうかな、なーんて。

「有島、ちょっと聞きたいことがある。」
「どうかした?」
「さっきの曲以外で、好きな曲とかってある?」
「あ、うん。この曲知ってる?」

 そう言って、筆箱に入っていたメモ帳を取り出し、そこに曲名を書いてくれた。

「これ、『一つの赤いバラ』って曲。知ってる?」
「あー、何となく知ってはいるけど、聞いたことはないかな。」

 有名な曲ではあると思うので、多分楽譜にもなってはいるだろう。

「でも、俺の好きな曲を聞いてどうするの…?」
「オーボエの練習に使おうと思って。」
「あ、千鶴さんの楽器だっけ?」
「正式的にはクラリネット担当だけど、いつかオーボエも担当したいなって思って。今はまだ練習中!」
「そうなんだ。練習、頑張ってね。」
「うん、ありがとう。」