かくかくしかじかあって、念のため一限目と二限目は授業を休むことになった。

(まさか…ビビり過ぎてぶっ倒れて、授業を休む羽目になるなんて…)

 保健室の先生には体調不良を疑われていたらしいけど、六華と結乃が上手いこと言ってくれたらしい。感謝。

「失礼します。千鶴さん、もう大丈夫?」

 今来てくれたのは、保健委員の有島(ありしま)祐理(ゆうり)。それなりに仲はいいが、お互いに苗字呼び。

「有島か。心配かけてごめんね。」
「いいよ、元気になったなら大丈夫!」
「——そっか。で、何で来たの?」
「保健委員だから…と、言いたいところだけど…」

 そう言いながら、有島は右手を出してきた。

「血⁈」
「あはは…美術の授業で盛大にやらかして…」

 小指にかなり大きめの切り傷。

「い、痛そう…」
「まあ、うん。結構痛いかな。」

 こうやって話している間にも、有島の小指からはどんどん血が出ていく。なんでこんな時に限って保健室の先生はご不在なのか…

(これ、放っておくとやばいよね…?)
「私、保健室の先生呼んでくる!」

 そう言ったのは良いものの、ずっとベッドに寝転がっていたまま起き上がったので、またフワフワした感覚に陥りかけた。

「千鶴さん⁈」
「へ?」

 気が付くと、有島が左手で私の体を支えてくれていた。

「もう、急に起き上がったら危ないよ…」
「だよね…なんか、ごめん。」
「いいよ。探しに行くんだったら俺もついていく。」
「ありがたいけど、もう大丈夫だから。ずっと支えていなくても良いんだよ?」

 別に嫌なわけではないが、距離がやけに近い。有島に気があるとかでもないけど、流石にずっとこの距離は緊張してしまう。

「あ、だよね…ごめん…」
「気にしないでよ、私のことを助けてくれたんだから!」

「本当ね…小指からこんなに血が出るなんて…まあ、傷は小さそうだから絆創膏だけで大丈夫ね。」
「はい、ありがとうございます。」
「うん。それと、千鶴さんはもう大丈夫なの?」
「はい!もう授業にも出られそうです!」
「なら良かった。じゃあ、また何かあったらおいで。」

 教室に帰るまでは、有島と二人。なんだかんだ言って校舎はとても広いので、二人きりの時間がとても長い。

「そういえば、千鶴さんって吹奏楽部希望だったっけ?」
「そう。よく覚えてるね。有島は…なんだっけ?」
「俺はね、スケート部の予定。」
「ふーん、カッコいいじゃん。」
「そうかな…?俺は吹奏楽部のほうがカッコいいと思うけどな。」

 まだクラブに入っていないのに、謎の褒め合い。今日のクラブ見学が、ほんの少しだけ楽しみかも。

 ♢ ♢ ♢

「本日は華月学園吹奏楽部の見学にお越しくださり、誠にありがとうございます。顧問の宮下(みやした)康二(こうじ)です。」

 待ちに待ったクラブ見学。この機会に楽器の吹き試しができるとのことなので、オーボエを吹いてみようかと思う。でも、やけにオーボエ担当の人数が多いような…

「あー、オーボエか。今のままだったら中等部三年生からしか人前では演奏できないと思うぞ。」
「え…?」
「オーボエは二人で十分のところに、今は三人が担当している。全員高等部二年生だから、できたとしても中等部二年生の秋からになる。それまではクラリネットかサックス辺りに回ってもらうことになるだろう。」
(マジか…)

 少しばかり気になって聞いてみたら、まさかまさかの定員オーバー。

「まあ、吹き試しくらいだったらいいぞ。早く行ってこい。」
「——はい!」

 そう言って、オーボエの吹き試しができる場所に行った。

「あ、いらっしゃい!」
「え⁈ここに来てくれた…!」
「ほら、そこに突っ立ってないでこっちに座って!」

 この人たちがきっと、宮下先生が言っていた先輩たちだろう。

「そうそう!すっごく上手!」
「私の最初の時よりも上手いじゃん…」
「まあまあ、そんな落ち込むなって。」

 こう褒められると、なんだか嬉しくなってくる。

「そういえば、どのクラブをやってみたいの?」
(私に聞かれてる⁈)
「今のところ、吹奏楽部ですかね…」
「おー、そうなんだ。やってみたい楽器は?」
(まさかの連続質問…こういう時に人見知りが発動するの、本当に困る…)
「オーボエ…です…」
「「「え⁈」」」

 三人が一気に驚くところを見る限り、とても仲が良いのだろう。

「え…?本当に?」
「あ、はい…」
「この子最高だよ。めちゃくちゃ嬉しすぎる。」
「ね。こんなに熱意がある子だから、私たちが卒業してもきっと大丈夫ね。」

「じゃあ、また来てね。」
「来てくれてありがとう!」
「入部、待ってるからな!」

 そうこうしているうちに、クラブ体験の時間が終了した。

(オーボエ、絶対にしよう。)

 私は、生まれて初めてといっても過言ではないくらいに、決意とこれからの希望に満ち溢れていた。

「あ、いたいた!置いていかないでよ。」
「あ、結乃…ごめん…」