今でも、鮮明に覚えている父さんとの会話がある。
 あれはいつの頃だろう。よく覚えていないけど、たしかまだ小学校にあがる前の頃。僕がトラックのミニカーで遊んでいたときのことだった。

『灯、なにしてるの?』

 濡れた手をエプロンで拭きながら、リビングで遊ぶ僕の元に父さんがやってきた。

『トラックであそんでた!』
『お、灯は見る目があるね。そのトラックのミニカーは、父さんが子どもの時の宝物なんだよ』
『そうなの?』

 父さんは僕を抱き上げ、そして自分の膝の上に乗せた。

『かっこいいだろ、そのトラック』
『うん!』

 父さんは僕の手の中のトラックのミニカーを愛おしそうに見つめ、そして僕たち以外にはだれもいないのに、僕にだけ聞こえるような潜めた声で囁いた。

『灯には将来の夢があるかい?』
『うん、あるよ! サッカーせんしゅになりたい!』
『いいね。かっこいいね。なれるよ、灯なら。灯と同じように父さんにも夢があるんだ。こんな歳になってって笑う人もいるかもしれないけど、夢を持つのに年齢は関係ないからね』

 父さんの言うことは幼い僕には少しだけ難しくてきょとんといると、父さんは僕の頭を優しく撫でた。父さんの骨ばった手はあかぎれでひび割れていた。

『……灯にだけは教えようかな。父さんはね、トラックの運転手になるのが夢なんだ』
『うんてんしゅ! かっこいい!』
『ふふ、そうだよな。父さんも灯と同じで、小さな頃からトラックが大好きでね。浪漫があるだろ』
『ろまん……?』
『そう、浪漫。灯もいつかわかるさ』

 父さんは遠い夢に思いを馳せるように眼差しをじんわりとさせた。

『トラックの運転手になって、荷物を運びながら日本全国を回るんだ。かっこいいだろ』
『うん!』
『いつか……叶うかな』

 そうして哀しげに微笑んだ父さんの表情が、今も目の奥にやきついて離れない。

 あのときの眼差しの意味が、今ならよくわかる。
 父さんは夢を捨てきれないまま、自分の生活を犠牲にして本心を押し殺していたのだ。そして結果、抑圧に耐え切れなくなって家族を捨てた。もし少しでも早く声をあげられていたら、家族を捨てるまでの決断には至らなかったのかもしれない。
 あの日の父さんは、今の僕が辿る未来なのかもしれない。

 父さんは、夢を叶えることができたのだろうか。