鬱々としていた。

「今日の降水確率は0%となっており、今夜は満月が綺麗に見えるかもしれませんね」

 テレビから流れてくる天気予報すら煩わしくて、僕は乱雑な手つきでリモコンを掴み取るとテレビを消した。

 僕の方が参りそうだ……。

 頭痛がする気がするのはきっと、寝不足のせいだ。昨日の夜、妹がお化けを見たと言って泣き止まず、一晩中宥めてやっていたのだ。
 昨夜の騒動のことをきっと母さんは知らないだろう。仕事から帰ってきたまま、別室で疲れて眠っていたから。それに関して僕は母さんを責めるつもりはない。母さんはいつも身を粉にして家族のために働いてくれているのだから。
 校則でバイトが禁止されており、働きお金を稼ぐことができない僕には、家事をすることでしかこの家に貢献できないのだ。

 僕はほとんどつきっきりで妹の面倒をみている。離れられるのは、学校に行っている時間と、それから妹が眠っている時間だけ。もちろん僕にだって眠る時間は必要だし、学校に行ったって遊んでいるわけではない。進学校に入学してしまったため、高校2年生の冬になり受験モードが色濃くなってきた。
 つまり僕にはもう、逃げどころがないのだ。

「きゃ~!」

 頭痛に悩まされているというのに、それに輪をかけるように、妹の甲高い声とばたばた走る足音が僕の鼓膜をきんきんと攻撃してくる。

「こら、(まれ)! 走っちゃだめだろ」

 本当は叫びたかった。だけど寸でのところで理性がそれを許さなかった。どんなにいらいらしていたって、なんの罪もない5歳の妹にそれをぶつけるのは違う。妹は遊び盛りで、本当は、本当なら母親に甘えたい年頃なのだから。

「だって~」
「だってじゃない。ほら、髪縛ってやるから、こっちにおいで」
「うん!」

 希を呼び寄せると、自分の腕に無くさないようにつけておいたヘアゴムで、希の髪をツインテールに結っていく。

「よし、できた。うさぎさん」
「やった~! 見せて見せて!」
「ん」

 せがむ希に手鏡を渡してやっていると、家の外から車のクラクションが聞こえてきた。希が乗る幼稚園バスがやってきたようだ。

「希、バスが来た! 早く行こう!」

 希の小さな手を引き、ソファーの上に投げ出したままだった幼稚園バッグを背負い、急いで家を出る。

「希ちゃん、おはよう。お兄さんもおはようございます」

 カラフルなエプロンを着けた幼稚園の先生が、すでに幼稚園バスの外で待っていた。

「遅くなってごめんなさい」
「いえいえ! じゃあ希ちゃんのこと、お預かりしますね~」
「はい。じゃあね、希」
「にーちゃん、ばいばーい!」

 ばたばたと騒がしいまま、希を乗せた幼稚園バスが発車する。
 静けさが訪れると、僕は背中に乗りかかってくる疲労感の存在に気づかされる。

 朝5時半に起床し、洗濯、炊事、それから希の準備。そして学校に向かう。
 これが僕の毎朝のルーティン。……あ、違う。朝食を食べるのを忘れていた。ばたばたしていて、自分の分をすっかり忘れていたけれど、お腹はこれ見よがしに空腹を訴えかけてくる。

 幼稚園の先生だって、姿を現さない両親と、毎日送り迎えをする兄のことを、訝しく思うだろう。
 でもこれが今の僕ら家族の形。今にもぱりんと割れてしまいそうな、脆くて危うい家族だ。