遡ること、1ヵ月前――。




   ◇   ◆   ◇   ◆




【Side コボル男爵(元・フォートロン辺境伯)】


「くそっ、くそくそくそっ、どうして僕がこんな目に――」

 汗とヘドロの不快な臭い。
 臭いエールと噛み切れないほど硬い干し肉。
 フォートロンブルクの貧民街。
 場末の酒場で、僕は毒づく。

「何もかも、あのエクセルシアとかいう頭のオカシな女の所為だ。アイツさえ嫁いでこなければ、僕は665人の可愛い妻たちと一緒に幸せでいられたのに」

 エクセルシアの、人を食ったような卑しい笑みを思い出す。
 憎い、憎い、憎い!
 僕から幸せな世界を奪った卑しい女。
 アプリケーションズ家に抗議したくても、男爵位では侯爵家に手紙を出すこともできない。
 何かないか、エクセルシアに復讐するための手段が。




「聞いたか? 例のウワサ――」




「ああ、聞いた聞いた。領主様が帝国の間者(スパイ)かもしれないって話だろ?」

 モンティ・パイソン帝国が、攻めてきた。
 かと思ったら、あっという間に退去していった。
 バルルワ = フォートロン辺境伯領の領主を連れて。

 それが、昨日のこと。
 それ以降、辺境伯家からは何の声明も出ていない。
 そのことで、領民が不安がっているのだ。

「新領主はモンティ・パイソン帝国の自動人形や兵器に詳しいって話だし」

「常識はずれなことばかりやるらしいしな」

 酒場では、壮年の男性たちが根も葉もないウワサ話に花を咲かせている。

「それに、新領主は獣人贔屓(びいき)だって聞くぜ」

「そりゃねぇよ。フォートロン辺境伯領を支えているのは、俺ら人間だぜ!?」

「獣人ばっかり裕福になって、俺たちの生活はちっとも楽にならねぇ」

「俺なんて、領主の所為で仕事を失っちまったんだぞ!? 獣人叩きの演目を領主が禁止したもんだから、劇場が倒産しちまってよ。獣人を叩けば客は喜ぶ。劇場は儲かる。それの何が悪いって言うんだ?」

「そうだそうだ!」

 良い。
 実に良い。
 こんなところに、あったではないか。
 エクセルシアに復讐するための、絶好の手段が。
 僕の得意分野が!

 人は隣人が裕福になると、相対的に自分が貧しくなってしまったように思うものだ。
 虐げられていた者を保護すれば当然、人は保護された者に嫉妬する。
 そして、自分を助けてくれない為政者に不満を抱く。
 極めて当然のことだ。
 なのにあの小娘は、そんな当然のことにも気づかないらしい。

 下地はすでにできている。
 あとは、彼らの卑しい本質をほんの少しくすぐってやるだけでいい。

「その話」僕は(おご)りのエールを携えて、彼らの席に加わる。「詳しく聞かせてもらえませんか?」