いわゆる『ゾーン』に入ったというやつか。
0と1になった私は、最前線で地龍と白兵戦をしている陸戦鉄神の中に入り込む。
徹甲弾をばらまく長大なアサルトライフルで、鉄神は地龍を圧倒している。が、
「あっ」
熱と、燃え上がる視界と、疑似的な死。
私が意識を乗せていた鉄神が、火龍のファイアブレスによって破壊されたのだ。
私は別の鉄神に乗り、対空レーダーで空を注視する。
――来た! ファイアブレス!
ブレスはあまりにも大きく、少し移動したくらいではよけきれない。
さりとてブレスを防げるほどの盾も、結界魔法も本機には搭載されていない。
だから私は、目の前にいた地龍の腹の下にもぐる。
――オォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン……
地龍の断末魔を聴くが、鉄神の方は生きている。
なんだ、簡単に攻略できたじゃないか。
対空レーダーに意識を向けていると、
「あっ」
別の地龍の足に、鉄神が踏みつぶされた。
ぐしゃり、という音と感触とともに、意識が途絶える。
……そりゃそうか。空も陸も両方警戒しなきゃならない。
また別の鉄神に乗り、何度か試行錯誤するも、上手くいかない。
鉄神は、どんどんと数を減らしつつある。
このままじゃヤバい。
どうすれば――
「空だ! 空の力を借りよう!」
戦闘機たちのさらに上に、実は早期警戒機が飛んでいる。
ソラさんは『我が軍の戦闘機では到達し得ない高高度』と仰っていたが、それは重たいミサイルを抱えた戦闘機の話。
私は早期警戒機に乗り込み、見下ろす。
「――いた」
火龍の群れ。
早期警戒機の優秀なレーダーは、計375体の火龍が火を吹くタイミングと弾着予測地点を正確に割り出す。
0と1になった私は3,400,000,000倍の世界にもぐり、外部時間では1秒にも満たない間に、早期警戒機と鉄神の間のデータリンクシステムを開発する。
同システムを全機に配信した途端、戦場が劇的に楽になった。鉄神の群れが地龍を圧倒し始める。
「よし、よし、よし! これなら――あっ」
早期警戒機が風龍に撃ち落された!
私はマジノ線手前の空軍基地から次の早期警戒機を飛ばす。
同時にミサイルの蓋を開いて風龍たちの群れへ打ち上げる。
が、そのミサイルが当たらない。
風龍の機動性は高く、戦闘機も舌を巻く動きでミサイルを避けるのだ。
私はFCSの中にもぐり込み、早期警戒機とFCS間のデータリンクシステムを構築する。
早期警戒機によるリアルタイムデータリンクにより、ミサイルが次々と風龍を撃ち落し始める。
だが、しばらくすると風龍の動きがさらにランダム性を帯び始め、ミサイルが当たらなくなってくる。
こちらは早期警戒機の数を増やす。
が、それでも当たらない。
「くそっ、ヤツらすぐに学習しやがる」
私は陸戦鉄神のレーダーシステムにもぐり込み、レーダーが鉄神から独立して動けるよう、プログラム改修を加える。
さらにはFCSとレーダー間のデータリンクシステムを開発し――
……
…………
……………………
………………………………
…………………………………………
どれくらい、戦っていただろう。
私は前線に存在するありとあらゆる電子資源にもぐり込み、機能改修を加え、資源間のデータリンクを確立させ、マジノ線全体を一個の生物にし、さらに育成を続けた。
育てて育てて、育て続けた。
それでも、地龍たちの侵攻は止まらない。
火龍たちはあとからあとから飛んでくる。
風龍は依然として制空権を確保し続けている。
こちらが手を打ち、有利になったかと思えば、あちらが別の手を打って勢いを吹き返す。
いたちごっこだ。
「…………くそっ」
この戦争は、この地獄はいったいいつまで続くんだ?
私はもう何日、何週間、ここにいる? こうしている?
1/1の時間と1/3,400,000,000の時間を行ったり来たりし過ぎて、時間の感覚が曖昧だ。
早く楽になりたい。
冷たいお茶が飲みたい。
バルルワ温泉郷の温泉卵が食べたい。
…………カナリア君に、逢いたい。
「エクセルシア!」
「――はっ!?」
顔を上げると、目の前にソラさんがいた。
ここは、例の白い空間だ。
「勝ったよ、エクセルシア!」
「え!? どういうことですか!?」
私は早期警戒機と意識を直結させる。
すると、地龍が、火龍が、風龍が撤退していく様子が見えた。
「勝ったんですか? 私たちが?」
「ああ、勝った。あくまで一時的なものだろうが、それでも勝ったんだ」
ソラさんが、私の頭を撫でる。
「よくやってくれた。お前さんが、モンティ・パイソン帝国と、その向こうにあるゲルマニウム王国を守ったんだ」
「あぁ……あぁ、良かった」
私は疲労困憊だった。
目を閉じる。
「キッシュのやつに伝えておくれ。補給を急ぐように、と」
果たして私は、ソラさんに対してちゃんとうなずけただろうか。
そこから先の記憶はない。
◇ ◆ ◇ ◆
「――はっ!?」
次に意識が戻ったとき、私は見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
「こ……は……」
ここはどこ? と言おうとしたが、声が出ない。
起き上がろうとしたが、
「痛――」
痛い! いたたたたたた!
全身が、全身が痛い!!
体がまったく動かないので、視線だけを動かしてみる。
見知らぬ部屋。やけに豪華だ。
天蓋付きのベッド。
皇帝の寝室だろうか。
「エクセルシア陛下!?」
声の方に視線をやってみれば、ベッドのそばに、目を真っ赤に腫らしたキッシュ君が座っていた。
「あぁ、良かった! お目覚めになられて!」
「わた……し……は……ごほっごほっ」
「お水です。ゆっくり、ゆっくり飲んでください」
キッシュ君が水差しのようなものを私の口に近づけてくる。
あれか、給水するためのやつか。
――ちゅうちゅう、ごくん
「私、どのくらい寝てたの?」
声はがっさがさだったが、何とか喋ることができた。
「1ヵ月です」
「1ヵ月ぅ!? ごほっごほっ」
道理で全身が痛いわけだよ。
いくら若い体でも、1ヵ月も寝たきりじゃ全身バキバキだ。
キッシュ君に支えてもらいながらゆっくり起き上がると、額から端子のようなものが落ちてきた。
心電図みたいなやつ。
あれか、ヘルメットの代わりか。
「……とりあえず、お風呂入りたい」
◇ ◆ ◇ ◆
「あー……」
疲れと汚れが洗い流されていく。
いくら若い体だとは言っても、1ヵ月もお風呂に入っていなければ臭いからねぇ。
メイドさんたちが、私の体と髪を恭しく洗ってくれる。
他人に洗われるのは恥ずかしいが、体が動かないのだから仕方ない。
「……お?」
お湯の中で洗われているうちに、体が動くようになってきた。
メイドさんたちの話によると、1ヵ月の間、点滴の他に毎日喉を湿らせ、関節の運動もしてくれていたのだそうだ。
「それで」豪奢なお風呂場の、扉の向こうへ声をかける。「兵器の補充はどうなってるの?」
「ははっ」私の執事と化したキッシュ君が、扉の向こうから返事をする。「昨日までの総攻撃で40%まで損耗しましたが、陸海空ともに1年で元の水準に戻せる見込みです」
「遅すぎる。ゲルマニウム王国その他各国境沿いの基地からかき集めて、大至急前線に送り込んで」
「お言葉ですが、国境沿いのものは全て有人機かつ旧式で、とても四龍との戦いには耐えれません」
「大丈夫。私が制御プログラムを作り替えれば十分戦えるから」
「おおおっ、何と頼もしい!」
「その代わり、兵站のことはキミに任せるよ。悪いけど、私はいったん帰るよ。1ヵ月もバルルワ = フォートロン辺境伯領を開けるわけにはいかないから」
カナリア君たちが心配だ。
◇ ◆ ◇ ◆
というわけで、痛む体を陸戦鉄神M9に押し込み、魔の森を走る。
道中、多数のモンスターが妨害してきたが、全部蹴り倒した。
鉄神の移動速度はすさまじく、瞬く間にバルルワ村手前に到達した。
>stealthmode
ステルスモード・オン。
この子で温泉郷に入ったら、きっとみんなが『すわ帝国が攻めてきたか』ってなるからね。
じゃあ労働型鉄神2号で来れば良かったじゃないか、とも思うけど、それはキッシュ君に止められた。
労働型で魔の森を抜けるなんて危険すぎる、と。
音もなく城壁を飛び越え、懐かしきバルルワ村に入る。
「……どういうこと?」
村が、やけに寂れている。
いや、崩壊している。
家屋という家屋が破壊されていて、しかも村の中心に見えるのは……
「火事?」
底知れぬ不安に突き動かされながら、私は村の中心へ向かって鉄神を走らせる。
村の中心、教会の中庭で繰り広げられていた光景というのが――
「「「「「一人はみんなのために!! みんなは一人のために!!」」」」」
スキやクワで武装したナゾの集団が、教会を取り囲んでいる!
そして、あぁ、あぁ、そして――!
カナリア君が、クゥン君が、ヴァルキリエさんが、クローネさんが!!
火あぶりにされている!!
0と1になった私は、最前線で地龍と白兵戦をしている陸戦鉄神の中に入り込む。
徹甲弾をばらまく長大なアサルトライフルで、鉄神は地龍を圧倒している。が、
「あっ」
熱と、燃え上がる視界と、疑似的な死。
私が意識を乗せていた鉄神が、火龍のファイアブレスによって破壊されたのだ。
私は別の鉄神に乗り、対空レーダーで空を注視する。
――来た! ファイアブレス!
ブレスはあまりにも大きく、少し移動したくらいではよけきれない。
さりとてブレスを防げるほどの盾も、結界魔法も本機には搭載されていない。
だから私は、目の前にいた地龍の腹の下にもぐる。
――オォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン……
地龍の断末魔を聴くが、鉄神の方は生きている。
なんだ、簡単に攻略できたじゃないか。
対空レーダーに意識を向けていると、
「あっ」
別の地龍の足に、鉄神が踏みつぶされた。
ぐしゃり、という音と感触とともに、意識が途絶える。
……そりゃそうか。空も陸も両方警戒しなきゃならない。
また別の鉄神に乗り、何度か試行錯誤するも、上手くいかない。
鉄神は、どんどんと数を減らしつつある。
このままじゃヤバい。
どうすれば――
「空だ! 空の力を借りよう!」
戦闘機たちのさらに上に、実は早期警戒機が飛んでいる。
ソラさんは『我が軍の戦闘機では到達し得ない高高度』と仰っていたが、それは重たいミサイルを抱えた戦闘機の話。
私は早期警戒機に乗り込み、見下ろす。
「――いた」
火龍の群れ。
早期警戒機の優秀なレーダーは、計375体の火龍が火を吹くタイミングと弾着予測地点を正確に割り出す。
0と1になった私は3,400,000,000倍の世界にもぐり、外部時間では1秒にも満たない間に、早期警戒機と鉄神の間のデータリンクシステムを開発する。
同システムを全機に配信した途端、戦場が劇的に楽になった。鉄神の群れが地龍を圧倒し始める。
「よし、よし、よし! これなら――あっ」
早期警戒機が風龍に撃ち落された!
私はマジノ線手前の空軍基地から次の早期警戒機を飛ばす。
同時にミサイルの蓋を開いて風龍たちの群れへ打ち上げる。
が、そのミサイルが当たらない。
風龍の機動性は高く、戦闘機も舌を巻く動きでミサイルを避けるのだ。
私はFCSの中にもぐり込み、早期警戒機とFCS間のデータリンクシステムを構築する。
早期警戒機によるリアルタイムデータリンクにより、ミサイルが次々と風龍を撃ち落し始める。
だが、しばらくすると風龍の動きがさらにランダム性を帯び始め、ミサイルが当たらなくなってくる。
こちらは早期警戒機の数を増やす。
が、それでも当たらない。
「くそっ、ヤツらすぐに学習しやがる」
私は陸戦鉄神のレーダーシステムにもぐり込み、レーダーが鉄神から独立して動けるよう、プログラム改修を加える。
さらにはFCSとレーダー間のデータリンクシステムを開発し――
……
…………
……………………
………………………………
…………………………………………
どれくらい、戦っていただろう。
私は前線に存在するありとあらゆる電子資源にもぐり込み、機能改修を加え、資源間のデータリンクを確立させ、マジノ線全体を一個の生物にし、さらに育成を続けた。
育てて育てて、育て続けた。
それでも、地龍たちの侵攻は止まらない。
火龍たちはあとからあとから飛んでくる。
風龍は依然として制空権を確保し続けている。
こちらが手を打ち、有利になったかと思えば、あちらが別の手を打って勢いを吹き返す。
いたちごっこだ。
「…………くそっ」
この戦争は、この地獄はいったいいつまで続くんだ?
私はもう何日、何週間、ここにいる? こうしている?
1/1の時間と1/3,400,000,000の時間を行ったり来たりし過ぎて、時間の感覚が曖昧だ。
早く楽になりたい。
冷たいお茶が飲みたい。
バルルワ温泉郷の温泉卵が食べたい。
…………カナリア君に、逢いたい。
「エクセルシア!」
「――はっ!?」
顔を上げると、目の前にソラさんがいた。
ここは、例の白い空間だ。
「勝ったよ、エクセルシア!」
「え!? どういうことですか!?」
私は早期警戒機と意識を直結させる。
すると、地龍が、火龍が、風龍が撤退していく様子が見えた。
「勝ったんですか? 私たちが?」
「ああ、勝った。あくまで一時的なものだろうが、それでも勝ったんだ」
ソラさんが、私の頭を撫でる。
「よくやってくれた。お前さんが、モンティ・パイソン帝国と、その向こうにあるゲルマニウム王国を守ったんだ」
「あぁ……あぁ、良かった」
私は疲労困憊だった。
目を閉じる。
「キッシュのやつに伝えておくれ。補給を急ぐように、と」
果たして私は、ソラさんに対してちゃんとうなずけただろうか。
そこから先の記憶はない。
◇ ◆ ◇ ◆
「――はっ!?」
次に意識が戻ったとき、私は見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
「こ……は……」
ここはどこ? と言おうとしたが、声が出ない。
起き上がろうとしたが、
「痛――」
痛い! いたたたたたた!
全身が、全身が痛い!!
体がまったく動かないので、視線だけを動かしてみる。
見知らぬ部屋。やけに豪華だ。
天蓋付きのベッド。
皇帝の寝室だろうか。
「エクセルシア陛下!?」
声の方に視線をやってみれば、ベッドのそばに、目を真っ赤に腫らしたキッシュ君が座っていた。
「あぁ、良かった! お目覚めになられて!」
「わた……し……は……ごほっごほっ」
「お水です。ゆっくり、ゆっくり飲んでください」
キッシュ君が水差しのようなものを私の口に近づけてくる。
あれか、給水するためのやつか。
――ちゅうちゅう、ごくん
「私、どのくらい寝てたの?」
声はがっさがさだったが、何とか喋ることができた。
「1ヵ月です」
「1ヵ月ぅ!? ごほっごほっ」
道理で全身が痛いわけだよ。
いくら若い体でも、1ヵ月も寝たきりじゃ全身バキバキだ。
キッシュ君に支えてもらいながらゆっくり起き上がると、額から端子のようなものが落ちてきた。
心電図みたいなやつ。
あれか、ヘルメットの代わりか。
「……とりあえず、お風呂入りたい」
◇ ◆ ◇ ◆
「あー……」
疲れと汚れが洗い流されていく。
いくら若い体だとは言っても、1ヵ月もお風呂に入っていなければ臭いからねぇ。
メイドさんたちが、私の体と髪を恭しく洗ってくれる。
他人に洗われるのは恥ずかしいが、体が動かないのだから仕方ない。
「……お?」
お湯の中で洗われているうちに、体が動くようになってきた。
メイドさんたちの話によると、1ヵ月の間、点滴の他に毎日喉を湿らせ、関節の運動もしてくれていたのだそうだ。
「それで」豪奢なお風呂場の、扉の向こうへ声をかける。「兵器の補充はどうなってるの?」
「ははっ」私の執事と化したキッシュ君が、扉の向こうから返事をする。「昨日までの総攻撃で40%まで損耗しましたが、陸海空ともに1年で元の水準に戻せる見込みです」
「遅すぎる。ゲルマニウム王国その他各国境沿いの基地からかき集めて、大至急前線に送り込んで」
「お言葉ですが、国境沿いのものは全て有人機かつ旧式で、とても四龍との戦いには耐えれません」
「大丈夫。私が制御プログラムを作り替えれば十分戦えるから」
「おおおっ、何と頼もしい!」
「その代わり、兵站のことはキミに任せるよ。悪いけど、私はいったん帰るよ。1ヵ月もバルルワ = フォートロン辺境伯領を開けるわけにはいかないから」
カナリア君たちが心配だ。
◇ ◆ ◇ ◆
というわけで、痛む体を陸戦鉄神M9に押し込み、魔の森を走る。
道中、多数のモンスターが妨害してきたが、全部蹴り倒した。
鉄神の移動速度はすさまじく、瞬く間にバルルワ村手前に到達した。
>stealthmode
ステルスモード・オン。
この子で温泉郷に入ったら、きっとみんなが『すわ帝国が攻めてきたか』ってなるからね。
じゃあ労働型鉄神2号で来れば良かったじゃないか、とも思うけど、それはキッシュ君に止められた。
労働型で魔の森を抜けるなんて危険すぎる、と。
音もなく城壁を飛び越え、懐かしきバルルワ村に入る。
「……どういうこと?」
村が、やけに寂れている。
いや、崩壊している。
家屋という家屋が破壊されていて、しかも村の中心に見えるのは……
「火事?」
底知れぬ不安に突き動かされながら、私は村の中心へ向かって鉄神を走らせる。
村の中心、教会の中庭で繰り広げられていた光景というのが――
「「「「「一人はみんなのために!! みんなは一人のために!!」」」」」
スキやクワで武装したナゾの集団が、教会を取り囲んでいる!
そして、あぁ、あぁ、そして――!
カナリア君が、クゥン君が、ヴァルキリエさんが、クローネさんが!!
火あぶりにされている!!