「おめでとう!」
「…………――はっ!?」
耳元で祝福され、私は我に返った。
目の前には、ちっぽけなノートパソコン。
だけどその中では、何やらものすごいものが――なんというかもう、言語に絶するほどすさまじいものがシミュレートされ、いくつもの命が、可能性が、銀河が生まれては朽ちている。
「いやぁ、才能あるねお前さん。『9999のワナ』を張り始めて以来、最高級の逸材だよ」
「え、えーと」
顔を上げると、見知らぬ女性がいた。
年のころは40? 50? いやいや90歳かも?
見る角度によって年齢がクルクル変わる。
黒髪黒目で、髪を結い上げている。
服装はひと昔、ふた昔前の『ザ・OL』って感じのパンツスーツ。
「私はソラ」老女? 少女? が、笑った。
「始皇――」
「『始皇帝』というのはよしとくれ。シナっぽいのはニガテでね」
「は、はぁ」
頭が混乱している。
とりあえず、世間話でアイスブレイクしよう。
「は、初めまして。私は■■■■――もとい、エクセルシア = ビジュアルベーシック = フォン = バルルワ = フォートロンです」
「くくっ……空飛ぶモンティ・パイソンが人の名前を笑うのも何だが、エクセルVBAとはまた、けったいな名前で転生しちまったもんだねぇ
「あはは、そのようです。それにしても、最高級の逸材は言い過ぎですよ。エクセルが人よりちょっと得意なだけの、都落ちの社内SEです」
まぐれで入社できた超大手ゲーム会社のスーパープログラマたちが喋る内容の1割も理解できなかったし。
同期からは早々に置いてけぼりにされてしまった落ちこぼれだ。
たった一人で鉄神や自動人形、戦車やら飛空艇を開発してしまった天才・ソラ皇帝に『逸材』と言われるような人間じゃない。
「そりゃ、地球にいた天才プログラマたちに比べりゃ格段に劣るが」
か、格段に。
「でもほら、お前さんが開発した地龍迎撃プログラムが、さっそく最前線の自動化歩兵師団に配信され始めているよ。これは良いプログラムだ。師団の損耗率が格段に下がるだろう」
「早っ! 動き早っ! それに『機械化』じゃなくて『自動化』って仰いました!? ……ええと、いろいろと理解が追いついていないのですが。そもそも地龍シャイターンは私たちが倒したはずです」
「あぁ、見ていたよ。眷属の幼体を倒していたね」
「……『眷属』の『幼体』ときましたか。あれで」
「話せば長くなるんだが……どこから聞きたい?」
「まず最初に確認したいのですが、この空間って時間が圧縮されてますか?」
「3,400,000,000倍に」
「コアi7か!」
「あーっはっはっはっ! そういうボケとツッコミができるのは、本当に嬉しいねぇ!」
「了解です。要は、ここでどれだけのんびりしていても、外では1秒にも満たない、と。じゃあ次の質問ですが、帝国には、ゲルマニウム王国を征服する意図はないんですよね?」
そう。
今を生きる私――バルルワ = フォートロン辺境伯にとっては、それこそが最重要事項。
「ないよ。安心しな」
「あぁ、良かった!! でも、それにしちゃずいぶんと物々しかったように思いますが」
「何しろ現皇帝自らが交渉に行かなきゃならないからね。その護衛のためなら、1個師団はむしろ少ない方だろう」
「あー……皇帝だけがソラ皇帝の日記を読めるんでしたっけ」
「それに」ソラ皇帝が肩をすくめる。「相手がいつも友好的とは限らないからね。右手で銃を突きつけつつ左手で握手を求めるのが、結局のところ一番安全に交渉できるものなのさ」
「へぇ。じゃあ次です。キッシュ皇帝は『ヘッドハンティング』と仰っていましたが、もしかして私、このまま帝国に拉致られるんですか? 領地経営してて仕事が山積みなんですけど……」
「そこは、要相談さねぇ」言葉を濁すソラ皇帝。「あの子――キッシュがどう考えているのか。本人に直接聞いとくれ」
「うーん。というか私以外に『9999』を『99999』にした人はいなかったんですか?」
「いたよ。数百年の歴史の中で、100人くらいはいたかな?」
「おお!」
「だが、みんなオセロや将棋のあたりでドロップアウトしちまうんだよ」
「そりゃルールを知らないからでしょう」
「もちろん、そこは相手の国で流行しているボードゲームに変えるよ。けど、ボードゲームを実装するってのが、どうやら異世界人にとっての限界らしいのさ。アレを乗り越えたらゾーンに入ってレベルアップできるんだけどねぇ」
「ゾーン」
そう。
『レベルアップ』という言葉のとおり、今の私にはITの神髄みたいなものが『解る』。
まるで生まれ変わったようだ。
「でも、何百年もやっていて、100人もいて、1人もその壁を突破できなかったなんて、何だか妙ですね」
「江戸時代の人間にさ」
「はい?」
「プログラミングができると思うかい?」
「あー……」
「どう頑張ったってエレキテル止まりだろうさ。それ以上の発想ができるヤツなんて、まさに異世界人。常識人からは奇人変人扱いされて迫害されるのがオチだよ」
「迫害……でも私は受け入れられてますけど」
何しろ『女神』だから。
「言いつつ分かってるんじゃないのかい? お前さんが受け入れられたのは、『成果を上げたから』だよ」
「そういうものですか。――あっ、実はカナリアくんっていう稀代の天才がいるんですけど」
「あぁ、それも見ていた。あの子は確かにすごいねぇ! 天才ってのはああいうのを言うんだろうね。諸々落ち着いたら、是非あの子にもテストを受けさせたいよ」
「お手柔らかにお願いしますね。体も心も5歳児なんですから。でも、あの子がすんなりプログラミング言語を覚えれたのはなぜなんでしょう?」
「赤ん坊がさ」
「はい?」
「『日本語難しい』なんて言うと思うかい?」
「言いませんね。カナリア君は生まれたときから先日までずーっと、魔力欠乏症で意識が混濁し続けてきた。つまり今の彼は生まれたての赤ちゃん。ネイティブプログラミング言語ってことですか!」
そのうちプログラミング言語で会話し始めるかもしれない。
「次の質問です。どうして侵略戦争をしたんですか? 現代日本人的にはすごく抵抗があるんですけど」
「どの戦争も、相手の方から仕掛けてきたものばかりさ。それに、戦争を遂行する上ではできるだけ血が流れないように、かつ併合後に現地民が幸福になれるよう最大限気を配ってきたよ。お陰で今や帝国は、髪と瞳と肌の色が様々なのはもちろん、犬耳猫耳狐耳、ツノにエルフ耳にウロコ肌に人魚脚にと人種のるつぼさ」
言われてみれば、ソラ皇帝には猫耳が無い。
黒髪黒目だが、顔立ちは欧州とアジアを足して2で割ったような風貌。
一方キッシュ皇帝は猫耳で欧州顔だった。
つまり、始皇帝と人種の異なる人が皇帝になれるくらい、おおらかで穏やかな統治というわけか。
なら、いいか。
「あ、良くないです! 魔の森の地下に大きな基地作ってたでしょ!?」
「念のための備えだよ。いざそちらが戦争を仕掛けてきたら、王国軍が森奥深くまで浸透したのを見計らって、基地から進軍して補給路を遮断。全周包囲して降伏勧告、という流れさ。最も血が流れない、理想的な戦いだろう?」
「すげぇ……」
辺境伯として、モンティ・パイソン帝国とはなんとしてでも仲良くしておこう。
「次の質問です。地龍って他にもたくさんいるんですか?」
「いるよ。シャイターンだけでなく、水龍レヴィアタンも火龍ポイニックスも風龍ルキフェルも、嫌になるくらいウジャウジャいる。帝国からさらに東の方に、それはもう大きな帝国――シン帝国があってね。そこの皇帝が龍使いで、モンティ・パイソン帝国にけしかけてくるんだよ」
「それで、迎撃プログラムですか」
モンティ・パイソン帝国にはぜひともがんばってもらいたい。
地龍の『幼体』1体で命懸けだったのに、そんなのがわんさか攻めてきたら、辺境伯領はおろかゲルマニウム王国が秒で蒸発してしまう。
「最後の質問です。ご年齢をお伺いしても良いですか?」
「地球時代の私は27歳で事故死した。こっちの私は80歳で体の限界を感じたから、こうして電子生命体になったのさ。だから精神年齢は――ええと、まぁ数百歳だ。私が地球で死んだのが西暦1999年だから、それ以降の話を聞かせてもらいたいもんだね。ノストラダムスの大予言はどうなったんだい? 『笑っていいとも』が懐かしいよ」
「ソラさん、実は――」
◇ ◆ ◇ ◆
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
始皇帝ソラ、おったまげる。
「いいともが、終わった!? え、いいともが終わるとかあり得るの!?」
「もう5年以上も前になりますか。当時は私も驚きました」
「そりゃビビるだろうさ。話は変わるが、ゲームハード戦争には誰が勝ったんだい?」
「ソニーとマイクロソフトですかねぇ」
「は? マイクソ?」
マイク『ソ』ソフト呼びは、Windowsのバグや仕様やサポート終了に日々日々右往左往させられる私たち社内SEの心の叫びだ。
「あはは。ソラさんの時代もクソ呼ばわりだったんですね。そのMSが作ったXboxというのが、主に世界で流行ってます」
「ええええ!? ドリキャスは!? 湯川専務はどうなったんだい!?」
「売り上げの問題で常務に降格してましたね」
「あぁ、それは知ってる」
「ゲーム機はやっぱりプレステが強いです。今は5まで出てますね。とはいえ今じゃゲームと言えばスマホばっかりですよ」
「スマホとは何だい?」
「えっ!? あー……そうなるのか。このくらいの、OSが搭載された携帯電話です。パソコンの方は相変わらずWindows一強ですけど、スマホはアップルが強いですね。私はandroid派ですけど」
androidだとJavaやkotolinでプログラミングできるからね。
iOSは独自言語の習得が必要だから嫌い。
「大人から幼稚園児までみーんな1人1台スマホを持っていて、電車の中でも路上でもずーーーーっとスマホ眺めてますよ現代人」
「な、ななな……Windowsと言えば、あのけったいなイルカはどうしたい?」
「カイル君は死にました」
「おおぅ」
「スティーブジョブズも亡くなりました」
「ええええっ!?」
「ビルゲイツは生きてます」
「それは良かった。そうか、もう23年にもなるんだから、イルカちゃんも死ぬよねぇ……」
「でもカイル君、最近になってポケモンに転生したらしくて。ちょっとバズってましたよ」
「バズ……? ポケモンは今もサトシが主人公なのかい?」
「いえ。私がトラック転生する直前に始まったアニメでは、ついに主人公交代してました。相方もピカチュウじゃなくなって。これもバズってましたね」
「バズ? というのは『流行る』『ブレイクする』みたいな意味かい?」
「そうですそうです」
「有名人が亡くなったり情勢が変わったり言葉も変わったりと。23年か。時の流れを感じるよ」
精神年齢数百歳が何か言ってる。
その後も、皇帝ソラに乞われるまま、2023年のIT、サブカル、政治、世界情勢などの話をした。
ChatGPTでプログラマとイラストレーターと小説家が断末魔の叫びを上げていることを伝えたら、白目剥いていらっしゃったよ。
◇ ◆ ◇ ◆
「――はっ!?」
気がつくと、ヘルメットの中だった。
ヘルメットを外すと、目の前にはネコ耳の皇帝キッシュキュン。
「終わったようだな。その目を見る限り、大成功のようだな」
目? 私の目がどうかしたって?
「ほら」
手鏡を差し出されたので、のぞき込む。
うむ。相変わらずの美少女顔である。
……ん?
「目! 目が輝いてる!」
宝石みたいに!
「それは、『覚醒』した証だ」
そのとき、私たちが乗っている陸戦鉄神がサムズアップした。
誰も操縦していないのに。
きっと始皇帝ソラだな?
「ささ、陛下」
皇帝キッシュが私に手を差し伸べる。
「はい? 陛下?」
皇帝キッシュが私を抱き上げた。
鉄神はしゃがんでも結構な高さがあるので、私は逆らわずに身を任せる。
皇帝キッシュがボタン操作でハッチを開くと、
「「「「「わぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」」」」」
辺りは、とてつもない歓声に包まれていた!
ありとあらゆる鉄神、戦車、装甲車から将兵が降りていて、皇帝キッシュに大歓声を送っている。
皇帝キッシュが私を鉄神の肩の上に降ろし、
「新皇帝陛下、万歳」
私にひざまずいた!!!!!!!!!!!!
え? え? え?
どういうこと!?
「「「「「新皇帝陛下、万歳!! 新皇帝陛下、万歳!!」」」」」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「…………――はっ!?」
耳元で祝福され、私は我に返った。
目の前には、ちっぽけなノートパソコン。
だけどその中では、何やらものすごいものが――なんというかもう、言語に絶するほどすさまじいものがシミュレートされ、いくつもの命が、可能性が、銀河が生まれては朽ちている。
「いやぁ、才能あるねお前さん。『9999のワナ』を張り始めて以来、最高級の逸材だよ」
「え、えーと」
顔を上げると、見知らぬ女性がいた。
年のころは40? 50? いやいや90歳かも?
見る角度によって年齢がクルクル変わる。
黒髪黒目で、髪を結い上げている。
服装はひと昔、ふた昔前の『ザ・OL』って感じのパンツスーツ。
「私はソラ」老女? 少女? が、笑った。
「始皇――」
「『始皇帝』というのはよしとくれ。シナっぽいのはニガテでね」
「は、はぁ」
頭が混乱している。
とりあえず、世間話でアイスブレイクしよう。
「は、初めまして。私は■■■■――もとい、エクセルシア = ビジュアルベーシック = フォン = バルルワ = フォートロンです」
「くくっ……空飛ぶモンティ・パイソンが人の名前を笑うのも何だが、エクセルVBAとはまた、けったいな名前で転生しちまったもんだねぇ
「あはは、そのようです。それにしても、最高級の逸材は言い過ぎですよ。エクセルが人よりちょっと得意なだけの、都落ちの社内SEです」
まぐれで入社できた超大手ゲーム会社のスーパープログラマたちが喋る内容の1割も理解できなかったし。
同期からは早々に置いてけぼりにされてしまった落ちこぼれだ。
たった一人で鉄神や自動人形、戦車やら飛空艇を開発してしまった天才・ソラ皇帝に『逸材』と言われるような人間じゃない。
「そりゃ、地球にいた天才プログラマたちに比べりゃ格段に劣るが」
か、格段に。
「でもほら、お前さんが開発した地龍迎撃プログラムが、さっそく最前線の自動化歩兵師団に配信され始めているよ。これは良いプログラムだ。師団の損耗率が格段に下がるだろう」
「早っ! 動き早っ! それに『機械化』じゃなくて『自動化』って仰いました!? ……ええと、いろいろと理解が追いついていないのですが。そもそも地龍シャイターンは私たちが倒したはずです」
「あぁ、見ていたよ。眷属の幼体を倒していたね」
「……『眷属』の『幼体』ときましたか。あれで」
「話せば長くなるんだが……どこから聞きたい?」
「まず最初に確認したいのですが、この空間って時間が圧縮されてますか?」
「3,400,000,000倍に」
「コアi7か!」
「あーっはっはっはっ! そういうボケとツッコミができるのは、本当に嬉しいねぇ!」
「了解です。要は、ここでどれだけのんびりしていても、外では1秒にも満たない、と。じゃあ次の質問ですが、帝国には、ゲルマニウム王国を征服する意図はないんですよね?」
そう。
今を生きる私――バルルワ = フォートロン辺境伯にとっては、それこそが最重要事項。
「ないよ。安心しな」
「あぁ、良かった!! でも、それにしちゃずいぶんと物々しかったように思いますが」
「何しろ現皇帝自らが交渉に行かなきゃならないからね。その護衛のためなら、1個師団はむしろ少ない方だろう」
「あー……皇帝だけがソラ皇帝の日記を読めるんでしたっけ」
「それに」ソラ皇帝が肩をすくめる。「相手がいつも友好的とは限らないからね。右手で銃を突きつけつつ左手で握手を求めるのが、結局のところ一番安全に交渉できるものなのさ」
「へぇ。じゃあ次です。キッシュ皇帝は『ヘッドハンティング』と仰っていましたが、もしかして私、このまま帝国に拉致られるんですか? 領地経営してて仕事が山積みなんですけど……」
「そこは、要相談さねぇ」言葉を濁すソラ皇帝。「あの子――キッシュがどう考えているのか。本人に直接聞いとくれ」
「うーん。というか私以外に『9999』を『99999』にした人はいなかったんですか?」
「いたよ。数百年の歴史の中で、100人くらいはいたかな?」
「おお!」
「だが、みんなオセロや将棋のあたりでドロップアウトしちまうんだよ」
「そりゃルールを知らないからでしょう」
「もちろん、そこは相手の国で流行しているボードゲームに変えるよ。けど、ボードゲームを実装するってのが、どうやら異世界人にとっての限界らしいのさ。アレを乗り越えたらゾーンに入ってレベルアップできるんだけどねぇ」
「ゾーン」
そう。
『レベルアップ』という言葉のとおり、今の私にはITの神髄みたいなものが『解る』。
まるで生まれ変わったようだ。
「でも、何百年もやっていて、100人もいて、1人もその壁を突破できなかったなんて、何だか妙ですね」
「江戸時代の人間にさ」
「はい?」
「プログラミングができると思うかい?」
「あー……」
「どう頑張ったってエレキテル止まりだろうさ。それ以上の発想ができるヤツなんて、まさに異世界人。常識人からは奇人変人扱いされて迫害されるのがオチだよ」
「迫害……でも私は受け入れられてますけど」
何しろ『女神』だから。
「言いつつ分かってるんじゃないのかい? お前さんが受け入れられたのは、『成果を上げたから』だよ」
「そういうものですか。――あっ、実はカナリアくんっていう稀代の天才がいるんですけど」
「あぁ、それも見ていた。あの子は確かにすごいねぇ! 天才ってのはああいうのを言うんだろうね。諸々落ち着いたら、是非あの子にもテストを受けさせたいよ」
「お手柔らかにお願いしますね。体も心も5歳児なんですから。でも、あの子がすんなりプログラミング言語を覚えれたのはなぜなんでしょう?」
「赤ん坊がさ」
「はい?」
「『日本語難しい』なんて言うと思うかい?」
「言いませんね。カナリア君は生まれたときから先日までずーっと、魔力欠乏症で意識が混濁し続けてきた。つまり今の彼は生まれたての赤ちゃん。ネイティブプログラミング言語ってことですか!」
そのうちプログラミング言語で会話し始めるかもしれない。
「次の質問です。どうして侵略戦争をしたんですか? 現代日本人的にはすごく抵抗があるんですけど」
「どの戦争も、相手の方から仕掛けてきたものばかりさ。それに、戦争を遂行する上ではできるだけ血が流れないように、かつ併合後に現地民が幸福になれるよう最大限気を配ってきたよ。お陰で今や帝国は、髪と瞳と肌の色が様々なのはもちろん、犬耳猫耳狐耳、ツノにエルフ耳にウロコ肌に人魚脚にと人種のるつぼさ」
言われてみれば、ソラ皇帝には猫耳が無い。
黒髪黒目だが、顔立ちは欧州とアジアを足して2で割ったような風貌。
一方キッシュ皇帝は猫耳で欧州顔だった。
つまり、始皇帝と人種の異なる人が皇帝になれるくらい、おおらかで穏やかな統治というわけか。
なら、いいか。
「あ、良くないです! 魔の森の地下に大きな基地作ってたでしょ!?」
「念のための備えだよ。いざそちらが戦争を仕掛けてきたら、王国軍が森奥深くまで浸透したのを見計らって、基地から進軍して補給路を遮断。全周包囲して降伏勧告、という流れさ。最も血が流れない、理想的な戦いだろう?」
「すげぇ……」
辺境伯として、モンティ・パイソン帝国とはなんとしてでも仲良くしておこう。
「次の質問です。地龍って他にもたくさんいるんですか?」
「いるよ。シャイターンだけでなく、水龍レヴィアタンも火龍ポイニックスも風龍ルキフェルも、嫌になるくらいウジャウジャいる。帝国からさらに東の方に、それはもう大きな帝国――シン帝国があってね。そこの皇帝が龍使いで、モンティ・パイソン帝国にけしかけてくるんだよ」
「それで、迎撃プログラムですか」
モンティ・パイソン帝国にはぜひともがんばってもらいたい。
地龍の『幼体』1体で命懸けだったのに、そんなのがわんさか攻めてきたら、辺境伯領はおろかゲルマニウム王国が秒で蒸発してしまう。
「最後の質問です。ご年齢をお伺いしても良いですか?」
「地球時代の私は27歳で事故死した。こっちの私は80歳で体の限界を感じたから、こうして電子生命体になったのさ。だから精神年齢は――ええと、まぁ数百歳だ。私が地球で死んだのが西暦1999年だから、それ以降の話を聞かせてもらいたいもんだね。ノストラダムスの大予言はどうなったんだい? 『笑っていいとも』が懐かしいよ」
「ソラさん、実は――」
◇ ◆ ◇ ◆
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
始皇帝ソラ、おったまげる。
「いいともが、終わった!? え、いいともが終わるとかあり得るの!?」
「もう5年以上も前になりますか。当時は私も驚きました」
「そりゃビビるだろうさ。話は変わるが、ゲームハード戦争には誰が勝ったんだい?」
「ソニーとマイクロソフトですかねぇ」
「は? マイクソ?」
マイク『ソ』ソフト呼びは、Windowsのバグや仕様やサポート終了に日々日々右往左往させられる私たち社内SEの心の叫びだ。
「あはは。ソラさんの時代もクソ呼ばわりだったんですね。そのMSが作ったXboxというのが、主に世界で流行ってます」
「ええええ!? ドリキャスは!? 湯川専務はどうなったんだい!?」
「売り上げの問題で常務に降格してましたね」
「あぁ、それは知ってる」
「ゲーム機はやっぱりプレステが強いです。今は5まで出てますね。とはいえ今じゃゲームと言えばスマホばっかりですよ」
「スマホとは何だい?」
「えっ!? あー……そうなるのか。このくらいの、OSが搭載された携帯電話です。パソコンの方は相変わらずWindows一強ですけど、スマホはアップルが強いですね。私はandroid派ですけど」
androidだとJavaやkotolinでプログラミングできるからね。
iOSは独自言語の習得が必要だから嫌い。
「大人から幼稚園児までみーんな1人1台スマホを持っていて、電車の中でも路上でもずーーーーっとスマホ眺めてますよ現代人」
「な、ななな……Windowsと言えば、あのけったいなイルカはどうしたい?」
「カイル君は死にました」
「おおぅ」
「スティーブジョブズも亡くなりました」
「ええええっ!?」
「ビルゲイツは生きてます」
「それは良かった。そうか、もう23年にもなるんだから、イルカちゃんも死ぬよねぇ……」
「でもカイル君、最近になってポケモンに転生したらしくて。ちょっとバズってましたよ」
「バズ……? ポケモンは今もサトシが主人公なのかい?」
「いえ。私がトラック転生する直前に始まったアニメでは、ついに主人公交代してました。相方もピカチュウじゃなくなって。これもバズってましたね」
「バズ? というのは『流行る』『ブレイクする』みたいな意味かい?」
「そうですそうです」
「有名人が亡くなったり情勢が変わったり言葉も変わったりと。23年か。時の流れを感じるよ」
精神年齢数百歳が何か言ってる。
その後も、皇帝ソラに乞われるまま、2023年のIT、サブカル、政治、世界情勢などの話をした。
ChatGPTでプログラマとイラストレーターと小説家が断末魔の叫びを上げていることを伝えたら、白目剥いていらっしゃったよ。
◇ ◆ ◇ ◆
「――はっ!?」
気がつくと、ヘルメットの中だった。
ヘルメットを外すと、目の前にはネコ耳の皇帝キッシュキュン。
「終わったようだな。その目を見る限り、大成功のようだな」
目? 私の目がどうかしたって?
「ほら」
手鏡を差し出されたので、のぞき込む。
うむ。相変わらずの美少女顔である。
……ん?
「目! 目が輝いてる!」
宝石みたいに!
「それは、『覚醒』した証だ」
そのとき、私たちが乗っている陸戦鉄神がサムズアップした。
誰も操縦していないのに。
きっと始皇帝ソラだな?
「ささ、陛下」
皇帝キッシュが私に手を差し伸べる。
「はい? 陛下?」
皇帝キッシュが私を抱き上げた。
鉄神はしゃがんでも結構な高さがあるので、私は逆らわずに身を任せる。
皇帝キッシュがボタン操作でハッチを開くと、
「「「「「わぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」」」」」
辺りは、とてつもない歓声に包まれていた!
ありとあらゆる鉄神、戦車、装甲車から将兵が降りていて、皇帝キッシュに大歓声を送っている。
皇帝キッシュが私を鉄神の肩の上に降ろし、
「新皇帝陛下、万歳」
私にひざまずいた!!!!!!!!!!!!
え? え? え?
どういうこと!?
「「「「「新皇帝陛下、万歳!! 新皇帝陛下、万歳!!」」」」」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」