「はぁあ”あ” あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ” あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”~~~~ん」

 モンスターハントの後、クローネさん、ヴァルキリエさんと一緒に温泉の女神シークレット風呂に入る。
 どっぷりと湯に浸かると、疲労が洗い流されてゆく。

「あーっはっはっはっ! 相変わらず、淑女らしからぬ声だな」

「まったくです。エクセルシアさんはまだ乙女なのですから、恥じらいというものをですね」

 大きな湯船の中で、クローネさんが体を寄せてきた。
 今日は女性陣だけなので、裸だ。
 クローネさん、やたらと私になついているというか、肌の付き合いをしたがるんだよね。
 金髪碧眼。
 温泉効果で目の下のクマがすっかり消えたクローネさんは、問答無用で美少女。
 年齢は、私の1個下の13歳!
 異世界だからセーフだけど、日本じゃ犯罪だよ辺境伯。

「それにしても、どうしたものですかねぇ」

 湯気が漂う天井を見上げながら、私はつぶやく。

「何の話だい?」

「私は誰と結婚すべきか問題、ですよ」

「ほほう。王太子殿下一択だと思っていたが、他に思い人でもいるのかな?」

「……実は、はい」

 ヴァルキリエさんは、とっても頼りになるイケメンお姉さん。
 そんなお姉さんに聞かれてしまっては、私も正直に答えざるを得ない。

「えええええっ!?」なぜかクローネさんが悲鳴を上げた。「エクセルシアさんはわたくしと結婚するのではなかったのですか!?」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」

 私、おったまげる。

「いや、なんでそうなるんですか!?」

「だって、一緒にお風呂に入ってくれているではないですか!」

「???」

「あー……エクセルシア嬢は詳しくないのかもしれないが、この地方では、3回以上風呂同衾した相手を内縁と認める風習があるんだ」

「風呂同衾!? 何そのパワーワード! っていうか内縁ですって!?」

「はい」クローネさんがもじもじしている。「今日で3回目なのです。だからついに、エクセルシアさんがわたくしの愛を受け止めてくれたんだなって」

「い、いやいやいやいや! ノーカン! ノーカンです! 私はその風習について知らなかったんですから、ノーカンでお願いします!」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

「っていうか女ですよ私!? 女でいいんですか!?」

「エクセルシアさんほどの上玉なら、もう性別なんて関係ないです」

「いやいやあるでしょう」

「それに……」一転して暗い表情になるクローネさん。「男はもう、こりごりで」

「あー……辺境伯ってやっぱり、ひどかったんですか?」

「……………………初夜に」

「は、はい」

「手足を縛りあげられて無理やり――」

「あーーーーっ! いいです! 思い出さなくて」

 最っっっっっっっっ低!
 何なのあの男!?
 もう本っっっっ当に死んでほしい。
 っていうか■したい。

 実は辺境伯――今はコボル男爵だったか――は、私が清く正しいざまぁをやったあの日に、姿を消した。
 私はあの程度のざまぁでクーソクソクソ愛沢部長を許す気なんて全然ないから、とっ捕まえてあの手この手で罪状を作り上げ、処刑台に送ってやるつもりたっだのだ。
 そんな私の思惑を察知したのかしてないのか、ともかく愛沢部長は姿を消した。

 自分の子供たちを見捨てて。

 そう。
 辺境伯には15名の子供がいた。
 下は赤子、上は三十台前半まで。
 ちなみに、その三十台の長男を生んだ奥さんは、5等級落ちしてやせ細りながら床掃除してたってんだからもう、愛沢部長には人の心がない。

 ちなみにその奥さんは今、湯治しつつ女神邸の料理長を務めている。
 たくさんのショタに囲まれて楽しそうだ。

 話を戻そう。
 辺境伯の子供たちの内、長男を含む10名は自立したり嫁いだり、人質代わりに他領に『留学』していたりでフォートロン辺境伯邸にはいなかった。
 で、残り5名は屋敷で養われていた。

 つまり私にとっては、辺境伯に対する人質ということになる。
 赤ん坊すらいるんだぞ?
 この子たちを押さえていたら、いくら自分本位で他人のことを全員ゴミだと思っている辺境伯でも、逃げるとは思わないじゃない?
 それを、それを。

 あの最低男、自分の子供たちを、あっさりと見捨てやがったんだ。

「クーソクソクソ辺境伯のことはもう忘れましょう!」私は無理やり話題を変える。「新しい恋を見つけましょうよ、クローネさん」

「だからわたくしはエクセルシアさんと――」

「そ、その話はなかったことに! ほ、ほら、今、全国の貴族家からお見合いが殺到してるじゃないですか私。その中からいくつか見繕ってみてはどうでしょう? 今やクローネさんは我が家の特別顧問。『新進気鋭な貴族家の重鎮』ともなれば、きっとお見合い話が殺到しますよ。選びたい放題ですよクローネさん!」

「むぅぅ~~~~! ごまかさないでください!」

「クローネ嬢がだめなら」ヴァルキリエさんが、凶器みたいにでっかい胸を張って、「私ならどうかな?」

「えっ!? マ!?」

「あーっ、ダメですよヴァルキリエさん!」

 クローネさんとヴァルキリエさんがじゃれあっている。
 何だこの空間は。
 これはまさか――百合の波動!?
 つまり私は、百合の間に挟まる百合!?

「とまぁ冗談はこのくらいにして。真面目な話、誰なんだい? キミの想い人というのは」

「言わなきゃダメですか?」

「ダメ。キミは今や、王国でもっとも勢いのある貴族家の当主だ。そんな女当主がどこの馬の骨とも分からない輩と結婚してしまっては、この家はあっという間に崩壊してしまう。この家の軍を預かる責任者として、見過ごせないな」

「うー……分かりました。実は――」




   ◇   ◆   ◇   ◆




「エクセルシア」

 お風呂上りに居間のソファでくつろいでいると、私の執事となりつつあるクゥン君がやってきた。

「おくつろぎのところ、すみません。明日の予定を確認させていただきます」

「うん。ありがとうクゥン君」

『ありがとう』だけで済まさず、私は彼の名を呼ぶ。
 彼が、名を呼ばれると喜ぶのを知っているからだ。

「はい! まず午前中に■■■■伯爵家ご当主様並びにご令息様とのご面会。次に■■■■子爵家ご当主様並びにご令息様とのご面会。午後には■■■■伯爵家ご当主様とのご面会。次に■■■■男爵家ご当主様並びにご令息様とのご面会」

「うひー……全部お見合いか。」

「最後に」

「まだあるの!?」

「これはお見合いではないのですが……変わった相手からの面会依頼です」

「変わった相手?」




   ◇   ◆   ◇   ◆




 お見合いバトル、ファイ!

「これはこれは、ウワサ以上にお美しいお嬢さんだ。こんなにも若くお美しいのに、王国で一、二を争う広さの領地と領民を持ち、武勇にも優れておられるというのだから、天は人に二物も三物もあたえるものなのですな。わっはっはっ」

 開幕から褒め殺ししてくるナントカ伯爵様。
 ここは女神邸の応接室。
 上座に座るのは私。私の方が爵位が上なので。
 で、対面に座るのが三十台半ばくらいの男性――ナントカ伯爵様。
 んで、その隣でガチガチに緊張したご様子のショタボーイがご長男だろう。

「いえいえそんな。ウチはこのとおり歴史が浅いので、長い歴史を誇る伯爵様のことが羨ましいですわ」

 嫌味でも何でもなく、本心だ。
 保守的な性格の者が多い貴族社会では、長い歴史を持つ家ほど他家から認めてもらいやすい。
 逆に新興の家は軽んじられやすい。
 まぁ王侯貴族なんて封建的で保守的な存在の権化みたいなものだから、その考え方は何も間違ってはいないのだけれど。

「それはそれは、光栄ですな。どうです? 閣下も我が家系図に名を連ねてみるというのは」

 ををを、ど真ん中ストレートで来たな!
 ならばこちらも全力で打ち返してやろう。

「お気持ちは嬉しいのですが……」私は、さっきからずーーーーっと膝の上に座っているカナリア君の肩に手を置いて、「このとおり、私にはすでに家族がおりまして」

「…………え?」辺境伯様、額からだらだらと汗を流して、「あのぅ、その子供はどなたですかな?」

「私の、家族です」

「き、聞いていない! 聞いておりませんぞ!? エクセルシア嬢に子供がいただなんて!?」

 頭を掻きむしる伯爵様。
 その隣では、伯爵様の息子さんが白目を剥いて泡を食っていた。




   ◇   ◆   ◇   ◆




 という具合に、4件のお見合いをぶった斬っていった。

「カナリア君、ありがとー!」

 私がカナリア君をぎゅーっとすると、カナリア君が私の手を払った。

「えっ?」

「……お姉ちゃん」

 カナリア君が私の膝から降りる。
 振り向いた彼は、暗い顔をしている。

「ボクのこと、家族だ、家族だって言うけどさ。いったいいつになったら、ボクのぷろぽーずを受け入れてくれるの?」

「うっ……」

 それは、そのとおりだ。
 カナリア君のことを便利に使っておきながら、私の心はカナリア君と、想い人との間で行ったり来たりしている。

「エクセルシア」

 か、か、カナリア君が、私の顎をついっと持ち上げた!

「ボクは、都合のいい男なの?」

「そ、そそそそんな言葉どこで覚えてきたの!?」

「女神としょかん」

 ぐおおっ、後で精査せねば!

「――エクセルシア」

 私の背後に侍っていたクゥン君が、話しかけてきた。

「そろそろ、最後のお客様です」

「あぁ……来たか、このときが。じゃあカナリア君、悪いけどお願いね」

「もう! お姉ちゃんってばボクのこと便利に使いすぎ」

「本当にごめん。遠からず結論出すから許して」

「うん!」

 カナリア君が部屋を出ていく。
 それと入れ違いになるようにして、数名の男女が応接室に入ってきた。
 先頭に立つのは――

「ゾルゲ = フォートロンである」

 三十半ばの、バッハみたいな大げさなカツラを被った男性。
 いかにも貴族って感じの、金糸マシマシでテカテカしたコートに身を包んでいる。
 頬はこけ、目は猜疑心に満ちている。

「違うでしょう」私は速攻で反論する。「貴方はもう、無名のゾルゲさんだ」

 そう。
 この男こそ、クーソクソクソ辺境伯の長男。
 劇場作家として名を馳せ、獣人を『無知で野蛮で不潔なケモノ』として扱う歌劇を無数に書き上げ、獣人差別を助長させてきた張本人だ。

「小娘が、なんと無礼な!」

 ゾルゲ氏に続いて中に入ってきた女性――辺境伯の長女が、金切り声を上げる。

「私たちの父は、ここの領主なのよ!?」

 そうだそうだ! と辺境伯の子息子女たちが大合唱。
 彼らの中では、フォートロン辺境伯家は未だ健在なわけだ。

「だいたい」ゾルゲ氏が吐き捨てるように言った。「ケモノと同じ部屋にいさせるとは、なんと非常識な。病気が移ってしまうではないか」

「っ――訂正してください!」

 立ち上がろうとする私の肩を、クゥン君がつかんだ。

「オレは大丈夫ですから」

「くっ……」

 そうして、世にも不毛な会談が始まる。

『ここバルルワ温泉郷は父の土地なのだから、お前は出ていけ』とゾルゲ氏。
『私は王命によってここを任されているのだから、それはできない』と私。

『領都フォートロンブルクの盟主には自分がなるべきだ』とゾルゲ氏。
『そもそもフォートロン家はお取り潰しになったのだから、そんな話が通るわけがない』と私。

『不衛生な獣人なんてものを多数起用して、領内に病気が蔓延したらどう責任を取るんだ』とゾルゲ氏。
『なぜ、獣人は不衛生だと決めつけるのか。根拠は? 実際に彼らと会い、交流したのか?』と私。

 わーわー、ぎゃーぎゃー。
 答えは出ない。

『お姉ちゃん』

 と、耳元でカナリア君の声。
 耳にはめた無線スピーカーだ。
 ――よし! 作戦開始!

 ……ズシン
   ……ズシン
     ……ズシン

 重々しい音が近づいてくる。
 応接室が振動で満たされる。

「な、なんだこの音と揺れは!? まさか魔物のスタンピード!? 魔物が獣人の臭いに誘われてやってきたんだ!」

「どんな理屈。ま、スタンピードが多いのは認めますがね」

 私は立ち上がり、窓を開く。
 と同時に、

 ――ズシィイイイイイイイイイインッ!!

「うわぁああああああ!?」
「きゃぁああああああ!?」

 陸戦鉄神M4が空から降ってきた!
 窓を覗き込んでくるM4の威容に、ゾルゲ氏や辺境伯の子息子女たちが腰を抜かす。

 あはは、ゾルゲさんったら震えてる。
 まぁ、こんなでっかいロボットがいきなり現れたら、そりゃビビるよね。
 鉄神に命を救われたバルルワ村や温泉郷の人たちならいざ知らず、領都で生活していた彼らからすれば、鉄神の方こそがバケモノに見えることだろう。

「質問です。辺境伯と鉄神、どっちの方が怖いですか?」

「な、何を突然――」

「どっちが怖いですか?」

「こんな鉄クズ、フォートロン家の威光に比べれば――」

 ――ドッパーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!

 M4が、空に向けてショットガンをぶっ放した。

「うわぁああああああ!?」
「きゃぁああああああ!?」

「怖いですよね。びっくりしますよね。でも、安心してください。この子は味方です。地龍シャイターンすら倒すことができる、最強の味方」

 私の言葉に、少しずつ、ゾルゲさんたちが落ち着きを取り戻していく。
 実は、ドアの向こうからヴァルキリエさんが【リラクセーション】をかけているというのはナイショの話。

「そして、安心してください。辺境伯は、もういません。私が、この子の力を使って倒しちゃいましたから。だから、もう怯えなくていいんです」

「な、何を言っているのだ? 父上が……もう……いない?」

 戸惑っていたゾルゲさんだったが、やがて、

「あぁ……あぁぁ……」

 はらはらと、涙を流し始める。

 思ったとおりだった。
 ゾルゲさんの、ストレスで瘦せこけた顔を見た瞬間、私が準備したこの策は正しかったと確信した。

「もう……もういいのか? 獣人を貶めるような歌劇を書かなくても。あの、父の笑顔に怯えなくても。もう、いいのか?」

「はい。もう、いいんです」

 ショック療法だ。
 辺境伯は、確かに怖い。
 665人の奥さんたちは『友愛』という言葉に縛りつけられて、辺境伯にすっかり洗脳されてしまっていた。
 奥さんがそうなら、子供たちだってきっとそうだろう。
 ならば今こそ、その洗脳から子供たちを解放してやるべきだ。

「そう、か……」憑き物が落ちたような、安らかな顔をするゾルゲさん。「私は――私たちはようやく、自由になれたのか」

 みんな、泣いている。
 クーソクソクソ辺境伯の長い長い精神支配、洗脳から解放された子息子女たちが、晴れやかに泣いている。




   ◇   ◆   ◇   ◆




 結局、辺境伯の子息子女たちとは和解することができた。
 彼らは平民として生きていくことになる。
 辺境伯が失踪したことで立場を悪くしていた人には、温泉郷での仕事を斡旋してあげた。

 ゾルゲさんは劇作家を辞めた。
 温泉郷の片隅に家を持って、村人――獣人たちと一緒に畑を耕して生きていくんだそうだ。

 …………さて。
 後はお前だけだぞ、愛沢部長。
 絶対に見つけ出して、徹底的に分からせてから、■してやるからな。