「可憐にして勇猛なるドラゴンスレイヤー! エクセルシア = ビジュアルベーシック = フォン = バルルワ = フォートロンよ! そなたを、バルルワ = フォートロン辺境伯に封ず!」
そうして、話は戻ってくる。
熱狂する人たち――いや、今や私の子供となった、約1万人の領民たち。
そして、広場の片隅で、私を射殺さんばかりの目で睨みつけているクーソクソクソ愛沢部長。
「でたらめだ、こんなもの!」愛沢部長、もといコボル男爵がわめき散らす。「この叙勲には根拠がない!」
「根拠?」
国王陛下が首をかしげた。
今日の陛下は『ナゾのお忍び紳士様』ではなく、正式に国王としてここに立っている。
王冠を被り、深紅のマントを羽織り、王笏を携える姿は、輝いている。
温泉宿や女神邸で優し気にカナリア君の頭を撫でている彼とは似ても似つかない、カリスマ性というのか、圧力のようなものを感じさせる姿。
そう、威厳にあふれているのだ。
「そなた、フォートロン辺境伯家の根拠――存在意義とは何だと心得る?」
「王国の盾としての役目を果たすことです!」
「そうだ。そのとおりだ。分かっておるではないか。それで」
陛下は、笑顔だ。
底冷えしそうなほどの、笑顔。
「地龍シャイターンが現れたとき、そなたはどうした?」
「挙領一致で地龍を迎え撃つべく、領都に全軍を結集させました」
「余がヴァルキリエから聞いた話とは違うなぁ。『領都に全軍を結集』、なるほど。だがそもそも、フォートロン辺境伯領の軍は常に領都内で保全されておったそうではないか。魔の森やモンティ・パイソン帝国を偵察し、能動的な備えに使うべき軍を、ただただ領都の――もっと言えば、そなたの邸宅の防備のためだけに使っておった、と」
「っ。領都は、この城壁はフォートロン辺境伯領の最重要都市でございますれば」
「それに、挙領一致と言ったがそなた、領民に地龍出現のことを伝えなかったそうだな? それで、避難が間に合わないところまで地龍が接近してしまってから、女子供にまで武器を取らせて捨て駒にするつもりだったそうではないか?」
話を聞いた領民たちによる大ブーイング。
「王国のために、辺境伯領の全てを投じて地龍を止めるつもりだったのです!」
「よく回る舌だ」陛下のため息。
「くそっ、くそくそくそっ、こんなやり方が通用してなるものか!」コボル男爵が頭を掻きむしる。「こんなめちゃくちゃなやり方で辺境伯家ほどの家を取り潰していては、他の上位貴族家が黙っておりませんぞ! 王家とて、上位貴族たちが団結すれば――」
「それで、その逆賊どもの棟梁に自分がなろうと? 権謀術数の好きなそなたらしいやり方じゃな。……ふぅ、分かった。此度の叙勲はいったん取り止めよう。悪例として後世に残すのも良くないからな」
「では!」
ぱっと微笑むコボル男爵――いや、辺境伯に戻ったのかな?
「フォートロン辺境伯よ」陛下が微笑む。「そなた、バルルワ温泉郷伯と決闘せよ」
「…………はい?」
「そなたが言ったことではないか。辺境伯家の存在理由は、王国の盾としての役割を果たすことだ、と。辺境伯家当主に求められるのは、強さだ。バルルワ温泉郷伯とそなたが決闘し、勝った方を辺境伯とする」
◇ ◆ ◇ ◆
翌日、昼下がり。
フォートロンブルクの郊外、だだっ広い平野で両軍が睨み合う。
西・フォートロン辺境伯領軍。
重装歩兵1500
軽装歩兵50(獣人部隊)
騎兵400(内、弓100、槍300)
魔法兵50
奥さん665
総勢2665名
領都人口約1万人、辺境伯領全体で数万人であることを思えば、非常に強大な軍勢だ。
領の主力産業が軍事という、辺境伯領ならではの軍勢。
軍事メインの領なのにこんなもん? と思うかもしれないけど、ハーバー・ボッシュ法の発見で人口爆発する前の世界なんてこんなもの。
あの織田信長だって、初期のころは数千人で戦ってたんだし。
で、対する東・バルルワ温泉郷伯領軍はと言えば――
私 in 陸戦ロボットM4
総勢1名
だって、バルルワ村から徴兵された人たちは依然としてフォートロン辺境伯領軍属のままだし。
「では、両軍構え!」風魔法で拡声された陛下の声が、戦場に響き渡る。「くれぐれも死人は出さぬように。――始め!」
「獣人部隊、突撃!」
ヴァルキリエさんの指揮で、
「「「「「うぉぉおおおおおおおおお!!」」」」」
約50人の獣人部隊が突撃してくる。
彼らが構えているのは、刃先をつぶした訓練用の片手剣だ。
それにしても、開幕から無策な突撃に使われるとは……分かってちゃいたけど、獣人の扱い、ひどくない?
完全に捨て駒扱いだよね。
「「「「「うぉぉおおおおおおおおお!!」」」」」
で、その獣人さんたちは私に突撃してきて――
「「「「「うぉぉおおおおおおおおお!!」」」」」
そのまま私の横を通り過ぎ、私の後方数十メートル先で止まる。
「…………はっ!? えっ!?」戸惑う辺境伯。拡声魔法によって、「貴様ら、何をしている!?」
「オレたちは」獣人部隊の先頭、クゥン君が拡声魔法で返す。「たった今、バルルワ温泉郷伯領軍属になりました」
「何を勝手なことを――」
「何も勝手なことはしておりません。もとよりオレたちはバルルワ村の住人――バルルワ温泉郷伯領民なので。先ほどまでは、引き継ぎ期間中だったからそちらにいただけです」
ぶっふぉ。
クゥン君、言いよる。
>telescope
あははは! 辺境伯、顔を真っ赤にしてら。
「くっ! 全軍、突撃しろ! あの裏切りどもを皆殺しにしてやれ!」
「おいおい、殺しはダメだと言ったであろう」
国王陛下のツッコミを無視して、辺境伯が残りの領軍(奥さんは除く)を動かす。
1950人の軍勢が動くことで、大地が鳴動する。
一糸乱れず前進してくる重装歩兵と、側面を守る騎兵。
そして後方から重装歩兵にバフ系の魔法をかける魔法兵。
いやぁお見事。
「ふはっ、ふははははは! どうですか、エクセルシアさん? 今ここで命乞いをするのなら、許して差し上げましょう!」
辺境伯がラスボスみたいなこと言ってる。
いやまぁ、事実私としてはアイツがラスボスなんだけどさ。
「ほらほら、謝るならもう今しかありま……せん……よ? なっ、ななな――」
辺境伯が、あんぐりと口を開けている。
それはそうだろう。
なぜって、1950の軍勢全員が、私の横を通り過ぎていったのだから。
「我々は」騎兵隊長を務める男性が、拡声魔法で辺境伯に告げる。「たった今から、バルルワ温泉郷伯領民となりました。このとおり、移籍のための国王陛下からのお許しも頂いております」
騎兵隊長さんが掲げる証書は、この数日のうちに国王陛下がご用意くださったものだ。
ちゃんと国璽も押印してある。
人口が、それも大金食らいの常備軍が一気に2000人も増えて、予算は大丈夫なのかって?
大丈夫さ。
そのための地龍シャイターン素材。
「ば、バカな……バカなバカなバカな!」辺境伯が頭を掻きむしる。「もういい! お前たち、行け! フォートロン家十傑の力を見せてやれ!」
言って妻たちを前に出す辺境伯。
説明しよう!
『フォートロン家十傑』とは、665人いる妻たちの中でも、特に能力に秀でた1等級(一部2等級)奥様たちのことである!
第一席・無限大容量【アイテムボックス】使い、『海飲み』ステレジア奥様!
第二席・領軍トップにして一騎当千の剣の使い手、『ソードダンサー』ヴァルキリエ奥様!
第三席――
あっ、説明し切る前に、向こう側で動きがあったようだ。
「旦那様、悪いですけれど……」
拡声されたステレジアさんの声が聞こえてくる。
「男爵と伯爵家では、家格が釣り合いませんわ。私がアナタと結婚したのは、アナタが辺境伯だったからです。それに」
望遠されたモニタの中で、ステレジアさんが辺境伯を見下ろす。
ぞっとするほど冷たい目だ。
「地龍襲来の知らせを受けてから、指揮も取らずに逃げる準備をするような殿方はちょっと、ね」
ステレジアさんが紙を取り出した。
私は、あの紙が何なのかを知っている。
なぜって、666枚分のあの紙を手配したのが、他ならぬ私だからだ。
国教会の印が入った、『フォートロン辺境伯家との結婚は無効である』ことを証明する証書だ。
この国では、離婚はひどく外聞が悪い。
だから離婚したいときには、『この結婚はそもそも成立していない』ことを国教会に証明してもらうのである。
まぁ、この短時間で666枚もの証書を揃えるにはめちゃくちゃお金がかかった。
あれ1枚で数万ゴールドするんだよ!?
数百万円だよ!? ぼったくりかよ。
普通だったら、絶対に支払えなかった。
地龍シャイターン様々だね。
665人全員から順繰りに三くだり半を叩きつけられる辺境伯。
みな口々に、これまでさんざん辺境伯から受けてきたパワハラ・モラハラ・純粋な暴力・悪逆非道の数々に対する積年の恨みの言葉を投げかけている。
うむ。これぞ清く正しいざまぁ展開だ。
私も列に加わって、辺境伯の額に三くだり半を叩きつけてやった。
最後の1人、ヴァルキリエさんが辺境伯に丁寧に三くだり半を手渡した。
ヴァルキリエさんがお気に入りのはずの曲刀を抜き放ち、選別とばかりに地面に突き立てた。
こうして666人の元・奥さんたちが、清々した顔でバルルワ温泉郷伯領軍側の方に入っていく。
最後にはただ、辺境伯だけが残された。
「どうする? 降伏するか?」陛下の声。「だが、戦わずして降伏したそなたを、もはや誰も辺境伯とは認めないだろうが」
「う、う、う、ううぅぅうぅうううう!!」
辺境伯は頭を掻きむしっていたが、やがてヴァルキリエさんが残した剣をつかんだ。
剣を抜こうとして、上手く抜けずにもがいてる。
……最後まで無様な人だな。
あ、抜けた。
「うわあああああああああああああああああ!!」
めちゃくちゃに剣を振り回しながら、鉄神M4に向かって走ってくる辺境伯。
>manualbattle
私は拳銃を取り出す。
慎重に狙いを定め、
――ズガンッ!
辺境伯の足元に当たった100ミリ徹甲弾が、辺境伯の足元の土を『どっぱぁああああん』とめくり上げる。
辺境伯の体が、まるでおもちゃのように宙に舞い上がる。
私は鉄神M4の体を慎重に操作して、くるくると舞い上がる辺境伯の胴体をがしっとつかんだ。
あ、辺境伯ったら気絶してる。
「あらあらあら」
しかも、おもらししてる。
こんなヤツのために、私の人生は狂わされたのか。
なんだかなー。
「勝者、バルルワ温泉郷伯!」陛下の声。「これにより、バルルワ温泉郷伯を正式にフォートロン辺境伯と認める! バルルワ = フォートロン辺境伯家の誕生だ!」
「「「「「うわぁああああああああああああ!!」」」」」
鉄神M4のマイクが、大歓声を拾う。
こうして私の復讐劇は、幕を閉じたのだった。
勝ったッ! 第1部完!
◇ ◆ ◇ ◆
1週間後――。
女神邸ことバルルワ = フォートロン辺境伯邸で、カナリア君を膝に乗せながら執務をしていると、
「た、たたた大変だ!」
血相を変えたヴァルキリエさん(我が家の将軍)が部屋に飛び込んできた。
「どうしました、ヴァルキリエさん?」
「モンティ・パイソン帝国が攻めてきた!!」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
――第1部、完。
そうして、話は戻ってくる。
熱狂する人たち――いや、今や私の子供となった、約1万人の領民たち。
そして、広場の片隅で、私を射殺さんばかりの目で睨みつけているクーソクソクソ愛沢部長。
「でたらめだ、こんなもの!」愛沢部長、もといコボル男爵がわめき散らす。「この叙勲には根拠がない!」
「根拠?」
国王陛下が首をかしげた。
今日の陛下は『ナゾのお忍び紳士様』ではなく、正式に国王としてここに立っている。
王冠を被り、深紅のマントを羽織り、王笏を携える姿は、輝いている。
温泉宿や女神邸で優し気にカナリア君の頭を撫でている彼とは似ても似つかない、カリスマ性というのか、圧力のようなものを感じさせる姿。
そう、威厳にあふれているのだ。
「そなた、フォートロン辺境伯家の根拠――存在意義とは何だと心得る?」
「王国の盾としての役目を果たすことです!」
「そうだ。そのとおりだ。分かっておるではないか。それで」
陛下は、笑顔だ。
底冷えしそうなほどの、笑顔。
「地龍シャイターンが現れたとき、そなたはどうした?」
「挙領一致で地龍を迎え撃つべく、領都に全軍を結集させました」
「余がヴァルキリエから聞いた話とは違うなぁ。『領都に全軍を結集』、なるほど。だがそもそも、フォートロン辺境伯領の軍は常に領都内で保全されておったそうではないか。魔の森やモンティ・パイソン帝国を偵察し、能動的な備えに使うべき軍を、ただただ領都の――もっと言えば、そなたの邸宅の防備のためだけに使っておった、と」
「っ。領都は、この城壁はフォートロン辺境伯領の最重要都市でございますれば」
「それに、挙領一致と言ったがそなた、領民に地龍出現のことを伝えなかったそうだな? それで、避難が間に合わないところまで地龍が接近してしまってから、女子供にまで武器を取らせて捨て駒にするつもりだったそうではないか?」
話を聞いた領民たちによる大ブーイング。
「王国のために、辺境伯領の全てを投じて地龍を止めるつもりだったのです!」
「よく回る舌だ」陛下のため息。
「くそっ、くそくそくそっ、こんなやり方が通用してなるものか!」コボル男爵が頭を掻きむしる。「こんなめちゃくちゃなやり方で辺境伯家ほどの家を取り潰していては、他の上位貴族家が黙っておりませんぞ! 王家とて、上位貴族たちが団結すれば――」
「それで、その逆賊どもの棟梁に自分がなろうと? 権謀術数の好きなそなたらしいやり方じゃな。……ふぅ、分かった。此度の叙勲はいったん取り止めよう。悪例として後世に残すのも良くないからな」
「では!」
ぱっと微笑むコボル男爵――いや、辺境伯に戻ったのかな?
「フォートロン辺境伯よ」陛下が微笑む。「そなた、バルルワ温泉郷伯と決闘せよ」
「…………はい?」
「そなたが言ったことではないか。辺境伯家の存在理由は、王国の盾としての役割を果たすことだ、と。辺境伯家当主に求められるのは、強さだ。バルルワ温泉郷伯とそなたが決闘し、勝った方を辺境伯とする」
◇ ◆ ◇ ◆
翌日、昼下がり。
フォートロンブルクの郊外、だだっ広い平野で両軍が睨み合う。
西・フォートロン辺境伯領軍。
重装歩兵1500
軽装歩兵50(獣人部隊)
騎兵400(内、弓100、槍300)
魔法兵50
奥さん665
総勢2665名
領都人口約1万人、辺境伯領全体で数万人であることを思えば、非常に強大な軍勢だ。
領の主力産業が軍事という、辺境伯領ならではの軍勢。
軍事メインの領なのにこんなもん? と思うかもしれないけど、ハーバー・ボッシュ法の発見で人口爆発する前の世界なんてこんなもの。
あの織田信長だって、初期のころは数千人で戦ってたんだし。
で、対する東・バルルワ温泉郷伯領軍はと言えば――
私 in 陸戦ロボットM4
総勢1名
だって、バルルワ村から徴兵された人たちは依然としてフォートロン辺境伯領軍属のままだし。
「では、両軍構え!」風魔法で拡声された陛下の声が、戦場に響き渡る。「くれぐれも死人は出さぬように。――始め!」
「獣人部隊、突撃!」
ヴァルキリエさんの指揮で、
「「「「「うぉぉおおおおおおおおお!!」」」」」
約50人の獣人部隊が突撃してくる。
彼らが構えているのは、刃先をつぶした訓練用の片手剣だ。
それにしても、開幕から無策な突撃に使われるとは……分かってちゃいたけど、獣人の扱い、ひどくない?
完全に捨て駒扱いだよね。
「「「「「うぉぉおおおおおおおおお!!」」」」」
で、その獣人さんたちは私に突撃してきて――
「「「「「うぉぉおおおおおおおおお!!」」」」」
そのまま私の横を通り過ぎ、私の後方数十メートル先で止まる。
「…………はっ!? えっ!?」戸惑う辺境伯。拡声魔法によって、「貴様ら、何をしている!?」
「オレたちは」獣人部隊の先頭、クゥン君が拡声魔法で返す。「たった今、バルルワ温泉郷伯領軍属になりました」
「何を勝手なことを――」
「何も勝手なことはしておりません。もとよりオレたちはバルルワ村の住人――バルルワ温泉郷伯領民なので。先ほどまでは、引き継ぎ期間中だったからそちらにいただけです」
ぶっふぉ。
クゥン君、言いよる。
>telescope
あははは! 辺境伯、顔を真っ赤にしてら。
「くっ! 全軍、突撃しろ! あの裏切りどもを皆殺しにしてやれ!」
「おいおい、殺しはダメだと言ったであろう」
国王陛下のツッコミを無視して、辺境伯が残りの領軍(奥さんは除く)を動かす。
1950人の軍勢が動くことで、大地が鳴動する。
一糸乱れず前進してくる重装歩兵と、側面を守る騎兵。
そして後方から重装歩兵にバフ系の魔法をかける魔法兵。
いやぁお見事。
「ふはっ、ふははははは! どうですか、エクセルシアさん? 今ここで命乞いをするのなら、許して差し上げましょう!」
辺境伯がラスボスみたいなこと言ってる。
いやまぁ、事実私としてはアイツがラスボスなんだけどさ。
「ほらほら、謝るならもう今しかありま……せん……よ? なっ、ななな――」
辺境伯が、あんぐりと口を開けている。
それはそうだろう。
なぜって、1950の軍勢全員が、私の横を通り過ぎていったのだから。
「我々は」騎兵隊長を務める男性が、拡声魔法で辺境伯に告げる。「たった今から、バルルワ温泉郷伯領民となりました。このとおり、移籍のための国王陛下からのお許しも頂いております」
騎兵隊長さんが掲げる証書は、この数日のうちに国王陛下がご用意くださったものだ。
ちゃんと国璽も押印してある。
人口が、それも大金食らいの常備軍が一気に2000人も増えて、予算は大丈夫なのかって?
大丈夫さ。
そのための地龍シャイターン素材。
「ば、バカな……バカなバカなバカな!」辺境伯が頭を掻きむしる。「もういい! お前たち、行け! フォートロン家十傑の力を見せてやれ!」
言って妻たちを前に出す辺境伯。
説明しよう!
『フォートロン家十傑』とは、665人いる妻たちの中でも、特に能力に秀でた1等級(一部2等級)奥様たちのことである!
第一席・無限大容量【アイテムボックス】使い、『海飲み』ステレジア奥様!
第二席・領軍トップにして一騎当千の剣の使い手、『ソードダンサー』ヴァルキリエ奥様!
第三席――
あっ、説明し切る前に、向こう側で動きがあったようだ。
「旦那様、悪いですけれど……」
拡声されたステレジアさんの声が聞こえてくる。
「男爵と伯爵家では、家格が釣り合いませんわ。私がアナタと結婚したのは、アナタが辺境伯だったからです。それに」
望遠されたモニタの中で、ステレジアさんが辺境伯を見下ろす。
ぞっとするほど冷たい目だ。
「地龍襲来の知らせを受けてから、指揮も取らずに逃げる準備をするような殿方はちょっと、ね」
ステレジアさんが紙を取り出した。
私は、あの紙が何なのかを知っている。
なぜって、666枚分のあの紙を手配したのが、他ならぬ私だからだ。
国教会の印が入った、『フォートロン辺境伯家との結婚は無効である』ことを証明する証書だ。
この国では、離婚はひどく外聞が悪い。
だから離婚したいときには、『この結婚はそもそも成立していない』ことを国教会に証明してもらうのである。
まぁ、この短時間で666枚もの証書を揃えるにはめちゃくちゃお金がかかった。
あれ1枚で数万ゴールドするんだよ!?
数百万円だよ!? ぼったくりかよ。
普通だったら、絶対に支払えなかった。
地龍シャイターン様々だね。
665人全員から順繰りに三くだり半を叩きつけられる辺境伯。
みな口々に、これまでさんざん辺境伯から受けてきたパワハラ・モラハラ・純粋な暴力・悪逆非道の数々に対する積年の恨みの言葉を投げかけている。
うむ。これぞ清く正しいざまぁ展開だ。
私も列に加わって、辺境伯の額に三くだり半を叩きつけてやった。
最後の1人、ヴァルキリエさんが辺境伯に丁寧に三くだり半を手渡した。
ヴァルキリエさんがお気に入りのはずの曲刀を抜き放ち、選別とばかりに地面に突き立てた。
こうして666人の元・奥さんたちが、清々した顔でバルルワ温泉郷伯領軍側の方に入っていく。
最後にはただ、辺境伯だけが残された。
「どうする? 降伏するか?」陛下の声。「だが、戦わずして降伏したそなたを、もはや誰も辺境伯とは認めないだろうが」
「う、う、う、ううぅぅうぅうううう!!」
辺境伯は頭を掻きむしっていたが、やがてヴァルキリエさんが残した剣をつかんだ。
剣を抜こうとして、上手く抜けずにもがいてる。
……最後まで無様な人だな。
あ、抜けた。
「うわあああああああああああああああああ!!」
めちゃくちゃに剣を振り回しながら、鉄神M4に向かって走ってくる辺境伯。
>manualbattle
私は拳銃を取り出す。
慎重に狙いを定め、
――ズガンッ!
辺境伯の足元に当たった100ミリ徹甲弾が、辺境伯の足元の土を『どっぱぁああああん』とめくり上げる。
辺境伯の体が、まるでおもちゃのように宙に舞い上がる。
私は鉄神M4の体を慎重に操作して、くるくると舞い上がる辺境伯の胴体をがしっとつかんだ。
あ、辺境伯ったら気絶してる。
「あらあらあら」
しかも、おもらししてる。
こんなヤツのために、私の人生は狂わされたのか。
なんだかなー。
「勝者、バルルワ温泉郷伯!」陛下の声。「これにより、バルルワ温泉郷伯を正式にフォートロン辺境伯と認める! バルルワ = フォートロン辺境伯家の誕生だ!」
「「「「「うわぁああああああああああああ!!」」」」」
鉄神M4のマイクが、大歓声を拾う。
こうして私の復讐劇は、幕を閉じたのだった。
勝ったッ! 第1部完!
◇ ◆ ◇ ◆
1週間後――。
女神邸ことバルルワ = フォートロン辺境伯邸で、カナリア君を膝に乗せながら執務をしていると、
「た、たたた大変だ!」
血相を変えたヴァルキリエさん(我が家の将軍)が部屋に飛び込んできた。
「どうしました、ヴァルキリエさん?」
「モンティ・パイソン帝国が攻めてきた!!」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
――第1部、完。