「温泉郷伯!?」
「たった今、新設した爵位だ。城伯と同位」
絶叫する私に、王様が優しく教えてくださる。
城伯は1つの城塞都市を支配する爵位。
こんな感じだ。
公爵 > 侯爵 > 辺境伯 > 伯爵 > 『城伯』 > 子爵 > 男爵 > 騎士爵
「これだけ高い壁に守られた土地は、もはや立派な要塞。バルルワ村の住民たちはそなたを『王』どころか『神』と認めておる。土地があって、民がおる。立派な領地だな」
キタキタキタ!
目標の第一段階達成だ!
だが、これはちゃんと確認しておかなければ。
「ですが、辺境伯様から土地を奪うなんて」
そう。この地は『獣人自治区』。
フォートロン辺境伯の属領なのだ。
「できる。この国で唯一、余ならばな。だが、城伯では未だ辺境伯の側室としてギリギリ家格が釣り合ってしまう。ここからどんどんこの土地を広げ、第二の辺境伯領にしてしまうのだ」
具体的なロードマップが示された!
この土地を開拓していけばやがて辺境伯にしてもらえる、という約束を取りつけることができたわけだ。
◇ ◆ ◇ ◆
「というわけで、バルルワ温泉郷伯を拝命いたしました」
「なっ、なっ、なっ!?」
いったん領都に戻り、クーソクソクソ辺境伯様へご報告。
あはは。辺境伯様ったら顔を真っ赤にさせている。
「バルルワ温泉郷伯領の開拓に集中するため、しばらく戻ってこられそうにありません」
「はぁああ~~~~!? 初夜もまだだというのに、何を勝手なことを!」
初夜がまだだから、だよ。
処女のまま離婚を果たしたいんだよ。
「大変心苦しいのですが……これも王命ですので」
「ねぇねぇお姉ちゃん」カナリア君が、私の手を引っ張る。「早く温泉行こうよ! ここ、なんかジメジメしてるからやだー」
あはは。
確かに辺境伯邸は、愛沢部長が好むジメついたくらーい雰囲気で満ちている。
奥さんたちが重労働から解放され、かつ大量の肉で栄養問題からも解放されたから、これでもだいぶ空気が軽くなったんだけどね。
「何なんですか、その無礼なガキは!?」
「王太子殿下です」
「お、王太子……ヒッ!?」椅子から飛び上がり、慌てて平伏する辺境伯。「こ、これは大変失礼を!」
「ほら、お姉ちゃん。もう行こう」
改めて、カナリア君が私の手を引く。
去り際にカナリア君が辺境伯へ向けた視線の冷たさに、私はぞくりときた。
……もしかしてカナリア君、実はかなり賢いのでは?
私が王様に話してた内容、実はちゃんと理解しているのでは?
わざと理解していない風を装って、私から言質を引き出すために『お姉ちゃんと結婚したいー』と無邪気そうな発言をしてみせたのでは?
「あ、あはは……」
カナリア君、恐ろしい子!
◇ ◆ ◇ ◆
というわけで、晴れて『バルルワ温泉郷伯』としてバルルワ村に住むことになった。
時刻はお昼前。
朝イチで陛下がいらっしゃって、
カナリア君が回復し、
バルルワ温泉郷伯になり、
辺境伯に三くだり半を叩きつけに行って、
こうして帰ってきた。
いやー、濃密! 密度の濃い半日だな!
「女神様~!」
「エクセル神様!」
鉄神に乗って歩けば、温泉郷で働く村人たちが手を振ってくれる。
「ほー、これがウワサの鉄神!」
「エクセルシア令嬢、ジャイアントボアの串焼き美味しかったです!」
温泉客からも好意的に受け入れられているようだ。
「いらっしゃいいらっしゃい! 温泉のお供、タオルはいかがですか~」
「良い石鹸が置いてあるよ!」
「お風呂上りと言ったらやっぱりエール!」
「搾りたてのヤギのミルクだよ! 氷魔法でキンキンに冷えてるよ!」
温泉郷の至る所で、行商人さんが商売している。
貴重な家畜を持ち込んで、お風呂上がりの牛乳ならぬヤギミルクを売ってる猛者までいる。
彼らの売り上げの一部は私の懐にはいる。
いや、別に私腹を肥やそうと思っているわけじゃないよ? ちゃんと、村と温泉郷の発展のために回すつもりだ。
まぁ、結果として私の地位が上がり、クーソクソクソ辺境伯への復讐が近づくわけだから、『私腹』と言えなくもないけれど。
「それにしても私、どこに住もうかなぁ」
「僕、お姉ちゃんと一緒に住みたいな」
鉄神の中、私の膝に座るカナリアキュンからの甘々なご提案。
「オ、オレも!」鉄神の肩に乗って護衛してくれているクゥン君の、焦った声。「一緒に住まわせていただきたいです! 間近で女神様を守らせてください」
「あ、じゃあクゥン君の家は?」
「え!? あー……いや、オレの家はめちゃくちゃ粗末ですからお勧めできかねます。何より、部屋が1つしかありませんし」
「いいじゃない。上がらせてよ」
「いや、同衾はまずいでしょう……」
「女神様~!」と、村長さんが駆け寄ってきた。「国王へ……ゲフンゲフン、ナゾのお忍び紳士様からお話はお伺いしております! 正式に、この村の領主様になられたのですね。女神様のお住まいは、すでにご用意させていただいております。ささ、こちらへ」
「え?」
◇ ◆ ◇ ◆
バルルワ村の中心、教会のすぐ横で。
「「「「「お帰りなさいませ、女神様!」」」」」
「な、な、な、なんじゃこりゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
いつの間にか、本当にいつの間にか、2階建ての、質素ながらも立派な木造屋敷が出来上がっていた。
そして、エプロン姿の村人女性4名によるお出迎え。
メイド服こそ着ていないけれど、この感じ、間違いなく『当主を屋敷の前でお出迎えするメイドさんたち』だ!
「え? え? え? 何ですかこの立派な家は!?」
「女神様のお住まいです」ニコニコ顔の村長さん。「本来ならば、女神様がご降臨くださった日にすぐご用意すべきところ、すっかり遅くなってしまい、申し訳ございませんでした」
「いやいやいや、悪いですよさすがに。それに、自分の世話くらい自分でできますし」
「何を仰いますか! 女神様はこの村をお救いくださり、丈夫な城壁で守護してくださり、たくさんの肉や素材をお恵みくださり、行商人をこの地に招いてくださり、こうして今や、お金を得るための働く場所までくださいました。くださったご恩があまりにも大き過ぎて、この程度ではとてもお返しできているとは言えません。
また、ここで女神様のお世話をさせていただく者たちは、みな子供を育て終わった者ばかり。家事も慣れており、みな女神様のお世話を許されたことを喜んでおります。どうかお気になさいませんよう」
そうとまで言われてしまえばもう、断るのも申し訳ない。
まぁ村人たちとしても、私(というより鉄神)が村の中心に住んでいる方が安心なのだろう。
「お連れ様が住むための部屋も多数ございますので、どうかご自由にお使いください」
「そうかそうか。では、ここに滞在している間は、余もこの家を使うとしよう」
陽気な声に振り向いてみれば、
「へ、陛下――じゃなかった。ナゾのお忍び紳士様!? と、クローネさんにヴァルキリエさんまで」
なんか人が増えてる。
◇ ◆ ◇ ◆
各自、自分用として選んだ部屋に荷物を置いた後で、1階の食堂に集まる。
獣人メイドさんたちによる心づくしの昼食をいただいた。
長~いテーブルで。
国王陛下を差し置いて私がお誕生日席なのが恐縮だったけど、今の陛下は『ナゾのお忍び紳士様』だから仕方ない。
それにしても、私が運び込む大量の魔物肉と、行商人が売ってくれる香辛料や干し魚、ドライフルーツなどのお陰で、ここの食事が劇的に良くなってる!
肉比率がやけに高いのが気になるけど、まぁ獣人だからきっと肉が好きなんだろう。
畑を広げたら、小麦だけでなく野菜畑も広げるように提言してみよう。
「美味しいね、お姉ちゃん!」
カナリア君は、ウォーリアチキンの温泉卵が好物なようだ。
生前の記憶にある鶏卵と異なり、Eランクモンスター・ウォーリアチキンの卵は味がめっちゃ濃厚なんだよね。
「さて」皿が片づけられたタイミングで、私は声を上げる。「今日も、いつもの日課、行きますか!」
「あ~っはっはっはっ! 待っていたよ」楽しそうなヴァルキリエさん。
「あ、あのっ」クローネさんが勇気を振り絞った様子で、「今日はわたくしも同行させてもらえませんでしょうか? エクセルシアさんがいつも生傷を作って帰ってくるのが不安で」
「ををを!? でも、大丈夫なんですか?」
「はい。ここの温泉のお陰で魔力が使い放題ですから、治癒魔法の腕を伸ばしたいな、とも考えておりまして。……何だか打算的ですみません」
「いえいえそんな! クローネさんが来てくださったら、心強いです!」
実際、戦闘起動中の鉄神の中って割と過酷で、肩やら腰やらをガンガンぶつけるから、常に軽い打撲傷を負っているんだよね、私。
「ねぇねぇ、みんなでどこ行くの?」
カナリア君が首をかしげる。
か、か、可愛い!
「魔の森に狩りに行くんだよ。お姉ちゃんたちの日課なの」
「えーっ! いいなぁ、ボクも行きたい!」
「いやいやいやいや」
それはさすがに。
5、6歳児を。
それも、病み上がりでこの国唯一の王太子を魔の森に連れていくのは、さすがに。
「構わんぞ。行ってきなさい、カナリア」
「えええええ!?」
「というか、鉄神の中ほど安全な場所は他にはあるまい」
「ありがとう、ちちうえ!」
陛下にぎゅってするカナリア君。
あっ、いいなぁ(尊死)。
おや、陛下がカナリア君に何やら耳打ちしている。
カナリア君がうなずいたあと、陛下がカナリア君の肩を叩き、
「では、行ってこい! 男カナリアの初陣だ。そなたがレディ・エクセルシアを守るのぞ?」
「うんっ」
というわけで、私の2人目の守護騎士が爆誕した。
◇ ◆ ◇ ◆
というわけで、魔の森に入る。
編成は、
斥候 兼 前衛・クゥン君
前衛 兼 盾・私 in 鉄神
中衛 兼 指揮・ヴァルキリエさん
ヒーラー(後衛)・クローネさん
カナリア君は私の膝の上だ。
戦闘起動中の鉄神はけっこう激しく揺れるんだけど、そこはまぁ、男の子だからガマンしてもらおう。
鉄神の中が一番安全だってのは間違いないんだから。
あぁ、それにしてもカナリアキュンの体は温かいなぁ。
小さい子供って体温高いよね。
それに、なんかいい匂いする。
すんすん……あ、これ温泉の匂いだったわ。っていうか、この下り、もうやったわ。
それに、温泉だけではない、この得も言われぬフレッシュな香りは――!
「ビバ・ショタ!」
「びば? しょた?」
「あっ」いかんいかん。「何でもないんだよ~。ところでカナリア君、さっき、お父さん陛下と何話してたの?」
「あ、えーと……どうしよう、言っちゃってもいいのかなぁ」
おや。男同士の内緒話かな?
「でも、お姉ちゃんに隠し事はしたくないし……いいや」
ええんかい。
「あのね」カナリア君、私の手をぎゅっと握って、「『この魚は絶対に逃がすな』って。『国益のためにも、そなた自身の命のためにも、レディ・エクセルシアを絶対に手放すな』って」
「お、おおう」
国王陛下、私を――というより鉄神や自動車、自動人形などを囲う気満々やんけ。
でも私を温泉郷伯に封じた以上、カナリア君の健康維持のために、私を王家に取り込むのは必須か。
それにしても国王陛下、私がショタっ子大好きって把握してるんじゃ?
把握したうえで、私にカナリア君をけしかけてるんじゃあるまいか。
『女神様!』鉄神のマイクがクゥン君の声を拾った。『もう、魔物たちの領域内です。お気をつけて』
やべ。
私とカナリア君の甘々(でもないな)な会話、外にだだ洩れだった……?
ハッチを閉じているときは、自動でスピーカーモードがオンになるから。
それにしてもクゥン君、いつもはわざわざこんな警告してこないのに。
もしかして:嫉妬?
ついに来たか、私のモテ期!
ぷにショタランド開園か!? 開園してしまうのか!?
『女神様!』
「うん。こっちのレーダーでも捉えた」
前方数十メートル先に、大きめの魔力反応3。
この大きさは、オークかな?
「ヴァルキリエさん、クゥン君、1体ずつ任せてもいいですか?」
『了解です!』
『構わないが、何をするつもりかな?』
「マニュアル戦闘の練習を」
クゥン君もヴァルキリエさんも、並みのオークが相手なら後れを取らない。
この前のホブゴブリンが、ちょっと異常なくらい強い個体だったんだ。
数十秒後、会敵!
「ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
オークのリーダー格による開幕シャウト!
空気がビリビリと震える。
生身の私だったら、震えあがって動けなくなったことだろう。
だが、今は鉄神のハッチを閉じているので、手指が多少しびれる程度だ。
>manualbattle
私は操縦桿と各種ボタンを操り、慎重に鉄神を動かす。
オークリーダーのこん棒の振り下ろしを、鉄神の左手で受け止める。
私は、腰に下げているこん棒――鉄神のために1本の木から削り出した巨大な武器――を抜き放つ。
振り上げ、振り下ろした。
「プギャッ」
頭部を損傷させたオークリーダーが、倒れる。動かない。
「ふい~。何とかなった」
2人は?
鉄神の視覚センサーでぐるりと見回してみれば、クゥン君とヴァルキリエさんが、それぞれオークの首を刎ねたところだった。
いやー、知ってちゃいたけどこの2人、めちゃくちゃ強いのな。
「カッコイイ~~~~!」大興奮のカナリア君が、私の膝の上でバタバタしている。「お姉ちゃん、ボクも! ボクも鉄神動かしてみたい!」
カナリアキュンのさえずり声、マジカナリア!
「えへへ、いいよぉ。じゃあまずは、このキーボードで『move』と打ってごらん」
◇ ◆ ◇ ◆
小一時間後。
『王太子殿下、2時方向20メートル先にワータイガー1』
「うん!」
――ザシュッ
『カナリア王子、前方30メートル先にゴブリンが3体います!』
「うん!」
――バスッ、ドギャッ、グチャッ
「なっ、なっ、なっ、ななな……」
そこには、歴戦の戦闘機パイロットのような手さばきで操縦桿とボタン群を操り、あらゆるモンスターたちを瞬殺する戦士カナリアの姿がががが!
自動戦闘モードじゃないよ!?
マニュアルモードで、だよ!?
「もしかして、カナリア君って転生者だったりする……?」
「てんせーってなぁに、お姉ちゃん?」
「ナンデモアリマセン……」
そうか。単に天才だっただけか。
これはいよいよ、2機目の鉄神が欲しくなってきたなぁ。
――ゴリッ
「……ん?」
何やら、鉄神が硬い何かを踏みつけた感触。
「カナリア君、ちょっとストップ」
「なぁに、お姉ちゃん?」
>dig
私は穴掘りモードコマンドを入力。
鉄神が踏んづけてしまった『ナニカ』を掘り起こす。
「こ、こ、これは……!!」
ずんぐりむっくりなシルエット。
全長5メートルもある巨体。
「「「「「鉄神様だぁ~~~~~~~~~~~~~!!」」」」」
◇ ◆ ◇ ◆
「というわけでお義父さん、息子さんを下さい」
バルルワ温泉郷伯領の戦力増強のために!
エースパイロット・カナリア君は何が何でも欲しい!
「だから、そう言っているであろう。そなたをカナリアの妻にする、と。え、違う? カナリアがそなたを娶るのではなく、そなたがカナリアを娶る? いや、雇う??? どういうことだ?」
バルルワ村の女神宅で、首をかしげる国王陛下。
「実はかくかくしかじかで」
「なんと! 2つ目の鉄神! そして我が息子にそんな才能が!?」
「この子は鉄神操縦の天才です」熱弁しながら、私は腕の中のカナリア君をぎゅっと抱きしめる。「この子がいれば、百人力どころか一騎当千!」
「ふむ。将来のことはさて置くとして、当面は良いだろう。我が息子に、しっかりと戦場での経験と武勲を積ませてやってくれ」
いやぁったぁああああああああ!!
ぷにショタ王子、ゲットだぜ!!\\٩( ‘ω’ )و ////
「たった今、新設した爵位だ。城伯と同位」
絶叫する私に、王様が優しく教えてくださる。
城伯は1つの城塞都市を支配する爵位。
こんな感じだ。
公爵 > 侯爵 > 辺境伯 > 伯爵 > 『城伯』 > 子爵 > 男爵 > 騎士爵
「これだけ高い壁に守られた土地は、もはや立派な要塞。バルルワ村の住民たちはそなたを『王』どころか『神』と認めておる。土地があって、民がおる。立派な領地だな」
キタキタキタ!
目標の第一段階達成だ!
だが、これはちゃんと確認しておかなければ。
「ですが、辺境伯様から土地を奪うなんて」
そう。この地は『獣人自治区』。
フォートロン辺境伯の属領なのだ。
「できる。この国で唯一、余ならばな。だが、城伯では未だ辺境伯の側室としてギリギリ家格が釣り合ってしまう。ここからどんどんこの土地を広げ、第二の辺境伯領にしてしまうのだ」
具体的なロードマップが示された!
この土地を開拓していけばやがて辺境伯にしてもらえる、という約束を取りつけることができたわけだ。
◇ ◆ ◇ ◆
「というわけで、バルルワ温泉郷伯を拝命いたしました」
「なっ、なっ、なっ!?」
いったん領都に戻り、クーソクソクソ辺境伯様へご報告。
あはは。辺境伯様ったら顔を真っ赤にさせている。
「バルルワ温泉郷伯領の開拓に集中するため、しばらく戻ってこられそうにありません」
「はぁああ~~~~!? 初夜もまだだというのに、何を勝手なことを!」
初夜がまだだから、だよ。
処女のまま離婚を果たしたいんだよ。
「大変心苦しいのですが……これも王命ですので」
「ねぇねぇお姉ちゃん」カナリア君が、私の手を引っ張る。「早く温泉行こうよ! ここ、なんかジメジメしてるからやだー」
あはは。
確かに辺境伯邸は、愛沢部長が好むジメついたくらーい雰囲気で満ちている。
奥さんたちが重労働から解放され、かつ大量の肉で栄養問題からも解放されたから、これでもだいぶ空気が軽くなったんだけどね。
「何なんですか、その無礼なガキは!?」
「王太子殿下です」
「お、王太子……ヒッ!?」椅子から飛び上がり、慌てて平伏する辺境伯。「こ、これは大変失礼を!」
「ほら、お姉ちゃん。もう行こう」
改めて、カナリア君が私の手を引く。
去り際にカナリア君が辺境伯へ向けた視線の冷たさに、私はぞくりときた。
……もしかしてカナリア君、実はかなり賢いのでは?
私が王様に話してた内容、実はちゃんと理解しているのでは?
わざと理解していない風を装って、私から言質を引き出すために『お姉ちゃんと結婚したいー』と無邪気そうな発言をしてみせたのでは?
「あ、あはは……」
カナリア君、恐ろしい子!
◇ ◆ ◇ ◆
というわけで、晴れて『バルルワ温泉郷伯』としてバルルワ村に住むことになった。
時刻はお昼前。
朝イチで陛下がいらっしゃって、
カナリア君が回復し、
バルルワ温泉郷伯になり、
辺境伯に三くだり半を叩きつけに行って、
こうして帰ってきた。
いやー、濃密! 密度の濃い半日だな!
「女神様~!」
「エクセル神様!」
鉄神に乗って歩けば、温泉郷で働く村人たちが手を振ってくれる。
「ほー、これがウワサの鉄神!」
「エクセルシア令嬢、ジャイアントボアの串焼き美味しかったです!」
温泉客からも好意的に受け入れられているようだ。
「いらっしゃいいらっしゃい! 温泉のお供、タオルはいかがですか~」
「良い石鹸が置いてあるよ!」
「お風呂上りと言ったらやっぱりエール!」
「搾りたてのヤギのミルクだよ! 氷魔法でキンキンに冷えてるよ!」
温泉郷の至る所で、行商人さんが商売している。
貴重な家畜を持ち込んで、お風呂上がりの牛乳ならぬヤギミルクを売ってる猛者までいる。
彼らの売り上げの一部は私の懐にはいる。
いや、別に私腹を肥やそうと思っているわけじゃないよ? ちゃんと、村と温泉郷の発展のために回すつもりだ。
まぁ、結果として私の地位が上がり、クーソクソクソ辺境伯への復讐が近づくわけだから、『私腹』と言えなくもないけれど。
「それにしても私、どこに住もうかなぁ」
「僕、お姉ちゃんと一緒に住みたいな」
鉄神の中、私の膝に座るカナリアキュンからの甘々なご提案。
「オ、オレも!」鉄神の肩に乗って護衛してくれているクゥン君の、焦った声。「一緒に住まわせていただきたいです! 間近で女神様を守らせてください」
「あ、じゃあクゥン君の家は?」
「え!? あー……いや、オレの家はめちゃくちゃ粗末ですからお勧めできかねます。何より、部屋が1つしかありませんし」
「いいじゃない。上がらせてよ」
「いや、同衾はまずいでしょう……」
「女神様~!」と、村長さんが駆け寄ってきた。「国王へ……ゲフンゲフン、ナゾのお忍び紳士様からお話はお伺いしております! 正式に、この村の領主様になられたのですね。女神様のお住まいは、すでにご用意させていただいております。ささ、こちらへ」
「え?」
◇ ◆ ◇ ◆
バルルワ村の中心、教会のすぐ横で。
「「「「「お帰りなさいませ、女神様!」」」」」
「な、な、な、なんじゃこりゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
いつの間にか、本当にいつの間にか、2階建ての、質素ながらも立派な木造屋敷が出来上がっていた。
そして、エプロン姿の村人女性4名によるお出迎え。
メイド服こそ着ていないけれど、この感じ、間違いなく『当主を屋敷の前でお出迎えするメイドさんたち』だ!
「え? え? え? 何ですかこの立派な家は!?」
「女神様のお住まいです」ニコニコ顔の村長さん。「本来ならば、女神様がご降臨くださった日にすぐご用意すべきところ、すっかり遅くなってしまい、申し訳ございませんでした」
「いやいやいや、悪いですよさすがに。それに、自分の世話くらい自分でできますし」
「何を仰いますか! 女神様はこの村をお救いくださり、丈夫な城壁で守護してくださり、たくさんの肉や素材をお恵みくださり、行商人をこの地に招いてくださり、こうして今や、お金を得るための働く場所までくださいました。くださったご恩があまりにも大き過ぎて、この程度ではとてもお返しできているとは言えません。
また、ここで女神様のお世話をさせていただく者たちは、みな子供を育て終わった者ばかり。家事も慣れており、みな女神様のお世話を許されたことを喜んでおります。どうかお気になさいませんよう」
そうとまで言われてしまえばもう、断るのも申し訳ない。
まぁ村人たちとしても、私(というより鉄神)が村の中心に住んでいる方が安心なのだろう。
「お連れ様が住むための部屋も多数ございますので、どうかご自由にお使いください」
「そうかそうか。では、ここに滞在している間は、余もこの家を使うとしよう」
陽気な声に振り向いてみれば、
「へ、陛下――じゃなかった。ナゾのお忍び紳士様!? と、クローネさんにヴァルキリエさんまで」
なんか人が増えてる。
◇ ◆ ◇ ◆
各自、自分用として選んだ部屋に荷物を置いた後で、1階の食堂に集まる。
獣人メイドさんたちによる心づくしの昼食をいただいた。
長~いテーブルで。
国王陛下を差し置いて私がお誕生日席なのが恐縮だったけど、今の陛下は『ナゾのお忍び紳士様』だから仕方ない。
それにしても、私が運び込む大量の魔物肉と、行商人が売ってくれる香辛料や干し魚、ドライフルーツなどのお陰で、ここの食事が劇的に良くなってる!
肉比率がやけに高いのが気になるけど、まぁ獣人だからきっと肉が好きなんだろう。
畑を広げたら、小麦だけでなく野菜畑も広げるように提言してみよう。
「美味しいね、お姉ちゃん!」
カナリア君は、ウォーリアチキンの温泉卵が好物なようだ。
生前の記憶にある鶏卵と異なり、Eランクモンスター・ウォーリアチキンの卵は味がめっちゃ濃厚なんだよね。
「さて」皿が片づけられたタイミングで、私は声を上げる。「今日も、いつもの日課、行きますか!」
「あ~っはっはっはっ! 待っていたよ」楽しそうなヴァルキリエさん。
「あ、あのっ」クローネさんが勇気を振り絞った様子で、「今日はわたくしも同行させてもらえませんでしょうか? エクセルシアさんがいつも生傷を作って帰ってくるのが不安で」
「ををを!? でも、大丈夫なんですか?」
「はい。ここの温泉のお陰で魔力が使い放題ですから、治癒魔法の腕を伸ばしたいな、とも考えておりまして。……何だか打算的ですみません」
「いえいえそんな! クローネさんが来てくださったら、心強いです!」
実際、戦闘起動中の鉄神の中って割と過酷で、肩やら腰やらをガンガンぶつけるから、常に軽い打撲傷を負っているんだよね、私。
「ねぇねぇ、みんなでどこ行くの?」
カナリア君が首をかしげる。
か、か、可愛い!
「魔の森に狩りに行くんだよ。お姉ちゃんたちの日課なの」
「えーっ! いいなぁ、ボクも行きたい!」
「いやいやいやいや」
それはさすがに。
5、6歳児を。
それも、病み上がりでこの国唯一の王太子を魔の森に連れていくのは、さすがに。
「構わんぞ。行ってきなさい、カナリア」
「えええええ!?」
「というか、鉄神の中ほど安全な場所は他にはあるまい」
「ありがとう、ちちうえ!」
陛下にぎゅってするカナリア君。
あっ、いいなぁ(尊死)。
おや、陛下がカナリア君に何やら耳打ちしている。
カナリア君がうなずいたあと、陛下がカナリア君の肩を叩き、
「では、行ってこい! 男カナリアの初陣だ。そなたがレディ・エクセルシアを守るのぞ?」
「うんっ」
というわけで、私の2人目の守護騎士が爆誕した。
◇ ◆ ◇ ◆
というわけで、魔の森に入る。
編成は、
斥候 兼 前衛・クゥン君
前衛 兼 盾・私 in 鉄神
中衛 兼 指揮・ヴァルキリエさん
ヒーラー(後衛)・クローネさん
カナリア君は私の膝の上だ。
戦闘起動中の鉄神はけっこう激しく揺れるんだけど、そこはまぁ、男の子だからガマンしてもらおう。
鉄神の中が一番安全だってのは間違いないんだから。
あぁ、それにしてもカナリアキュンの体は温かいなぁ。
小さい子供って体温高いよね。
それに、なんかいい匂いする。
すんすん……あ、これ温泉の匂いだったわ。っていうか、この下り、もうやったわ。
それに、温泉だけではない、この得も言われぬフレッシュな香りは――!
「ビバ・ショタ!」
「びば? しょた?」
「あっ」いかんいかん。「何でもないんだよ~。ところでカナリア君、さっき、お父さん陛下と何話してたの?」
「あ、えーと……どうしよう、言っちゃってもいいのかなぁ」
おや。男同士の内緒話かな?
「でも、お姉ちゃんに隠し事はしたくないし……いいや」
ええんかい。
「あのね」カナリア君、私の手をぎゅっと握って、「『この魚は絶対に逃がすな』って。『国益のためにも、そなた自身の命のためにも、レディ・エクセルシアを絶対に手放すな』って」
「お、おおう」
国王陛下、私を――というより鉄神や自動車、自動人形などを囲う気満々やんけ。
でも私を温泉郷伯に封じた以上、カナリア君の健康維持のために、私を王家に取り込むのは必須か。
それにしても国王陛下、私がショタっ子大好きって把握してるんじゃ?
把握したうえで、私にカナリア君をけしかけてるんじゃあるまいか。
『女神様!』鉄神のマイクがクゥン君の声を拾った。『もう、魔物たちの領域内です。お気をつけて』
やべ。
私とカナリア君の甘々(でもないな)な会話、外にだだ洩れだった……?
ハッチを閉じているときは、自動でスピーカーモードがオンになるから。
それにしてもクゥン君、いつもはわざわざこんな警告してこないのに。
もしかして:嫉妬?
ついに来たか、私のモテ期!
ぷにショタランド開園か!? 開園してしまうのか!?
『女神様!』
「うん。こっちのレーダーでも捉えた」
前方数十メートル先に、大きめの魔力反応3。
この大きさは、オークかな?
「ヴァルキリエさん、クゥン君、1体ずつ任せてもいいですか?」
『了解です!』
『構わないが、何をするつもりかな?』
「マニュアル戦闘の練習を」
クゥン君もヴァルキリエさんも、並みのオークが相手なら後れを取らない。
この前のホブゴブリンが、ちょっと異常なくらい強い個体だったんだ。
数十秒後、会敵!
「ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
オークのリーダー格による開幕シャウト!
空気がビリビリと震える。
生身の私だったら、震えあがって動けなくなったことだろう。
だが、今は鉄神のハッチを閉じているので、手指が多少しびれる程度だ。
>manualbattle
私は操縦桿と各種ボタンを操り、慎重に鉄神を動かす。
オークリーダーのこん棒の振り下ろしを、鉄神の左手で受け止める。
私は、腰に下げているこん棒――鉄神のために1本の木から削り出した巨大な武器――を抜き放つ。
振り上げ、振り下ろした。
「プギャッ」
頭部を損傷させたオークリーダーが、倒れる。動かない。
「ふい~。何とかなった」
2人は?
鉄神の視覚センサーでぐるりと見回してみれば、クゥン君とヴァルキリエさんが、それぞれオークの首を刎ねたところだった。
いやー、知ってちゃいたけどこの2人、めちゃくちゃ強いのな。
「カッコイイ~~~~!」大興奮のカナリア君が、私の膝の上でバタバタしている。「お姉ちゃん、ボクも! ボクも鉄神動かしてみたい!」
カナリアキュンのさえずり声、マジカナリア!
「えへへ、いいよぉ。じゃあまずは、このキーボードで『move』と打ってごらん」
◇ ◆ ◇ ◆
小一時間後。
『王太子殿下、2時方向20メートル先にワータイガー1』
「うん!」
――ザシュッ
『カナリア王子、前方30メートル先にゴブリンが3体います!』
「うん!」
――バスッ、ドギャッ、グチャッ
「なっ、なっ、なっ、ななな……」
そこには、歴戦の戦闘機パイロットのような手さばきで操縦桿とボタン群を操り、あらゆるモンスターたちを瞬殺する戦士カナリアの姿がががが!
自動戦闘モードじゃないよ!?
マニュアルモードで、だよ!?
「もしかして、カナリア君って転生者だったりする……?」
「てんせーってなぁに、お姉ちゃん?」
「ナンデモアリマセン……」
そうか。単に天才だっただけか。
これはいよいよ、2機目の鉄神が欲しくなってきたなぁ。
――ゴリッ
「……ん?」
何やら、鉄神が硬い何かを踏みつけた感触。
「カナリア君、ちょっとストップ」
「なぁに、お姉ちゃん?」
>dig
私は穴掘りモードコマンドを入力。
鉄神が踏んづけてしまった『ナニカ』を掘り起こす。
「こ、こ、これは……!!」
ずんぐりむっくりなシルエット。
全長5メートルもある巨体。
「「「「「鉄神様だぁ~~~~~~~~~~~~~!!」」」」」
◇ ◆ ◇ ◆
「というわけでお義父さん、息子さんを下さい」
バルルワ温泉郷伯領の戦力増強のために!
エースパイロット・カナリア君は何が何でも欲しい!
「だから、そう言っているであろう。そなたをカナリアの妻にする、と。え、違う? カナリアがそなたを娶るのではなく、そなたがカナリアを娶る? いや、雇う??? どういうことだ?」
バルルワ村の女神宅で、首をかしげる国王陛下。
「実はかくかくしかじかで」
「なんと! 2つ目の鉄神! そして我が息子にそんな才能が!?」
「この子は鉄神操縦の天才です」熱弁しながら、私は腕の中のカナリア君をぎゅっと抱きしめる。「この子がいれば、百人力どころか一騎当千!」
「ふむ。将来のことはさて置くとして、当面は良いだろう。我が息子に、しっかりと戦場での経験と武勲を積ませてやってくれ」
いやぁったぁああああああああ!!
ぷにショタ王子、ゲットだぜ!!\\٩( ‘ω’ )و ////