そもそも学校でヘッドフォンなんて許可されてはいない。校則違反だろと思った。

 とはいえ、自分から初対面の人には声をかけたことがない。いじめを受けてた分、消極的なところもある。

 加えて椋翔らしき人はまるで何かに操られているようにペンを滑らせている。それは話しかけるのを気まずくさせた。でも、怖気付いてる場合ではなかった。

「あ、あの!」

 慌てて椋翔らしき人の近くに駆け寄り、声をかける。それに対し、彼はヘッドフォンを押さえる仕草をした。ペンを置き、きつく目を閉じている。何かに耐えるかのように。

「だ、大丈夫?」

 そんなにうるさかっただろうか。僕の足音は。記憶のテープを頭の中で早戻ししてみる。でもおおげさという感じしかしなかった。

 しばらく唖然と見つめていると、椋翔らしき人は落ちつきを取り戻したように両手を離し、ため息をひとつ。それから、学ランのポケットからメモ帳を取り出し、書きつけた。

『俺と話す時は筆談にしてください。っていうか、声すらかけないでください。じゃないと、追い出します』

 差し出されたそれに僕は面食らった。鼻から突き放すような言葉で、背筋が凍る。

 何か、癪に障るようなことをしていただろうか。頭をフル回転してみてもそれはわからない。後退りたくなる気持ちもあるが、ここで退けば、他に錦奈と会う手段は、偶然が訪れるのを待つしかない。いつくるかもわからないそれを待てるほど俺の心は錦奈に会いたくて仕方がなかった。

 その長机の端にはペン立てとメモ帳が置かれていた。まるで椋翔らしき人と話すためだけに置かれているかのように。

 戸惑いながらもペンを走らせ差し出す。

『僕は柳櫂冬といいます。たぶん、同じ3年だと思うのでタメ口でいいですか?』

 僕の問いかけに対し、椋翔らしき人は物怖じせず、ペンを滑らせた。