椋翔へ
 元気?これを読んでるってことはわたし、椋翔をかばって死ぬことができたんだね。
 よかった。わたし、今すんごく安心してる。いざという時にはこうするんだって決めてたから。
 椋翔の耳がおかしくなってから。
 椋翔は違うって言ってたけど、やっぱり嘘ついているようにしか考えられないよ。
 わたし、言葉を言葉のまんま理解しちゃうし、人の気持ちも自分の気持ちもわかりにくいけどさ、さすがにこれは嘘だってわかるよ。
 何度も泣きついたり、人騒がせなお姉ちゃんでごめんね。
 大変だったでしょ?
 離れたいって何度も思ったでしょ?
 でも椋翔は一度もわたしから離れようとしてくれなかった。
 櫂冬くんだってそう。
 ふたりともすごく優しい。
 カイロのような温かさで包んでくれるみたいに。
 あの精神科医だって、本当はとてもつらそうなのに。君には君にしかできないことがあるって。先生はそこを支えてやりたいって。
 わたしにしかできないことってなんだろう。ずっとそう、考えてた。
 そしたらこれしか、思いつかなかった。もしかしたら他にもあったのかもしれないけど。これだ!ってピンときた。
 椋翔をかばって自分の命を終わらせることだって。
 知ってたもん。椋翔は耳がおかしくなっても小説を書こうとしてる姿を。わたしは本当は応援したいはずなのに、気づいたら邪魔ばかりしてるし、母さんは怒鳴り散らしたりするし。
 椋翔は何も悪くない。ただわたしのずっとそばにいて支えてくれた。
 だからそんな椋翔を怒鳴り散らす母さんが許せなかった。
 邪魔しているわたしのことも許せなかった。
 だからせめて最後だけは応援する気持ちも込めてかばってやろうって。
 こんだけ自分の気持ち理解してるように見えてるかもしれないのに、本当はわかりにくいって言ったら甘えになるかな。でも、いいや。どうだっていい。わたしはわたしにできることをしたんだから。
 わたしがいなくなっても、ちゃんと食べたり寝たりするんだよ。あの精神科医みたいにやつれたりしたら許さないんだからね。
 あとわたしの後を追って死ぬことも。
 わたしの応援の気持ちが無駄になっちゃうじゃん。それはいやだよ。
 椋翔の耳が治るかどうかはわかんないけどさ、わたしどこに連れて行かれても椋翔の幸せを祈ってる。たとえ、地獄でも。誰にも見つけられない春霞の奥とかに連れて行かれても、ずっと。
 だからどうか、生きて、幸せになって。小説家になる夢を諦めないで。
 最後にわたしを離さないでいてくれて、ありがとう。短い人生だったけど、幸せだったよ。じゃあね。
        紅錦奈