なんなんだ、こいつは。まるでなんかかけないと止まることを知らない口のようだ。そういえば、マグロはずっと泳いでないと死ぬと聞いたことがある。錦奈はそういうやつと同じ部類なのか。

 動揺で視界がゆらゆらゆらめく中、必死に言葉を探す。その間錦奈は悪びれた素振りも見せず小首をかしげている。

「僕も名乗らせて。僕は柳櫂冬。中学3年生だ」
「え、弟と一緒じゃん!じゃあ、櫂冬くんって呼ぶね!わたしの弟、クラスメイトだったりする?」
「どんなやつ?」

 そう聞いた時、あいつのスカートのポケットはブルブルと揺れていた。
 
「えーと、小さい頃から本が好きで今は小説を書くことが好きで……」
 
 錦奈はそんなことも気づかぬように口を次々と動かしていた。
 
「待って!なんか鳴ってる」
「あ、わたしのスマホだ。なんかしたっけ?」

 言われて初めて気がついたみたいに錦奈はポケットに手をつっこんだ。スマホを取り出し、耳に当てる。

「あ、お母さん!どうしたの?」
《どうしたじゃないよ!頭、ボケてんの?》

 あっけらかんとした錦奈に向けて、スマホ越しに怒り狂ったような怒声が響いてくる。その声はあまりにも大きく、こちらまではっきりと聞こえるほどだった。状況がただ事ではないことは、言うまでもない。
 
「へ、なんかあったの?ボケてないよ」
 
 それなのに、錦奈はまるで最初から何も知らなかったかのように平静に対応している。そういえば、彼女は確かに急いでいたはずだ。それにもかかわらず、どうしてこんなに話し続けていたのだろう。
 
《はーっ、まったくー。とりあえず椋翔がいる、保健室に来て!》

 その怒声はため息まじりで呆れられているようだった。
 
「えっ、弟がどうかしたの?」
 
 だが、錦奈はきょとんとしている。何が起きているのか、全くわからないかのように。