腰まで伸びた黒髪は絹糸みたいに一本一本が細くて、身長は当時157だった僕より高かった。少なくとも160ぐらいはあったと思う。目は濃い琥珀色のビー玉みたいで、小さな口をぽかーんと開けていた。その無邪気さに僕は一瞬で引き込まれた。

「えっと、何言ってるの?」
「それより、どうして泣いてるの?何かされたの?」

 僕の問いかけに答えることもなく、あいつは隣に座ってきて質問を次々と投げかけてくる。その距離が異様なほどに近すぎて目を白黒させるしかなかった。きっと50センチよりも近かったと思う。

「えっと……」

 これはどういうことなのだろう。至近距離でしかなくて目を疑う。
 気が動転しすぎていて、声も出てこない。何かを求めるように口をパクパクさせるしかなくて、頭の中には既に無数のクエスチョンマークが浮かんでいた。

「そんなに近づいてきて、大丈夫?カレシいたりしない?」「へ、もう少し離れた方がよかった?えっと、何センチ?てか、カレシとかいないよ。わたしどうせ誰からも好かれないもん」
「え……」

 こんな人初めて見た。あわてんぼうでおっちょこちょくて。
 距離に何センチとか細かく言われなきゃ離れられないのか。いや、普通わかるだろう。それくらい。
 
 加えて、僕が一目で見惚れるくらい美女なのにカレシがいないとかありえなさすぎる。それにどうせ好かれないとか人との関わりを鼻から諦めているようだ。
  
 じゃあなんで僕なんかに話しかけるんだ、あいつは。小さな子どもみたいに笑顔を浮かべているんだ。わけがわからなかった。

「えっと、とりあえず名前を聞いてもいい?」
「うん!わたしは紅錦奈(くれないにしな)高校1年生なの。家族にはひとつ下の弟と母さんと父さんがいて――」
「ちょっ、ストップストップ!」