言葉にするたび、胸の奥が締めつけられるように苦しい。目の前の顔を直視することさえできず、私はただ俯いた。自分の弱さを隠すように、涙をこぼさぬように。

「いいよ、泣いて。僕も過去を話すのはつらいから」

 それでも、櫂冬くんはそっと近づいてきて、「隣に座るね」と優しく言いながら、ベッドに人ひとり分の距離を残して腰を下ろした。その距離感が心地よく、言葉以上の温かさを感じた。私が泣き崩れる間、彼は何も言わず、ただ静かに頭を撫で続けてくれた。その手のぬくもりが、私の心の奥底にある痛みを少しずつ和らげてくれるようで、安心感に包まれた。

「これ……さすがに柚香ちゃんに怒られちゃうよ」
「いいんだ、おかげで僕も心の整理ができた。ここに柚香を呼ぶ」
「いや、それはまずいって」

 絶交とも言われてるし。

「なんで椋翔が離れていったか。ひとつだけ思い当たることがあるし、それは俺がテニスバカになったきっかけとも関係する。今頭の中で点と点が繋がった気がした」「それって……どういうこと?」

 椋翔くんと櫂冬くんはそんなに言葉をあまり交わしてないはずだ。それによく知らないとも言っていたし。

 驚くべき発言に唖然とする他為す術がなかった。
 
「僕はあの美女の名前を知ってる。たぶん虹七さんはその名前を知らなかったから紅は離れていったんだと思う」
「でも……」
「大丈夫、僕が呼べばすぐに柚香は来るし絶交は取り消しにできる。僕を信じて」
 
 櫂冬くんはそう言ってスマホを動かし連絡を入れた。メッセージを入れているらしく、電話をかける様子はない。

 しばらくしてその通りに柚香ちゃんは来てくれた。

「やっとこの時が来たのね」

 柚香ちゃんは含みのある笑みを浮かべながら部屋に入ってくる。その表情には、どこか期待と確信が込められていた。昨日とは見違えるほどの明るさだ。

「ごめんね、あたしもどうかしてた。絶交はなし。てか、櫂冬近寄りすぎ。怒るよ?」
「あ、ごめん」

 そう言いながら、柚香ちゃんはからかうように笑っている。慌てて櫂冬くんは頭を軽くかいて、それからその場を立ち、床にしいておいたラグの上に座り直した。
 
「櫂冬、あの約束」
「ああ、あの美女は――」