すぐに精神科を受信した時、ある医者に出会った。顔は今隣にいる虹七とあたかも血が繋がっているかのごとく顔つきがそっくりな男性だった。目は憔悴しているようにやつれていて、ちゃんと寝たり食べたりしているのかとカウンセリングを受けながらはらはらしていた。そんな彼はこう言った。
「君の症状もお姉さんの特性も、周りから理解されにくいことが多いだろう。甘えだと言われたり、迷惑をかけていると非難されたり、差別されたり、いじめられたり、嫌われたりすることもあるかもしれない。でも先生が伝えたいのは、どんなにそうなっても、自分には何もないとか、自分なんかとか、自分を卑下する必要はないということだ。長所がない人間なんて、この世界には一人もいない。君にしかできないことが、必ず君にはあるんだよ。先生はその支えになりたいと思っている」
 俺はその言葉に目頭が熱くなった。カイロのようにほんわかとあたたかい毛布にくるまれたような感覚がじわじわと心を満たしていく。それに安らぎを覚えながらも問いかけた。
「先生はどうして精神科医になったんですか?」
 するとその精神科医は遠い昔を懐かしむように目を細めて口を開いた。
「小学校の時にあったんだが、昔身分で差別されていた人達がいただろ?もし自分がその時代にいて自分は差別されてない人だったら、その人を助けにいくかっていう質問を教師にされたんだ」
 そういえば、記憶をたどると自分も教師に同じような質問を投げかけられたことがあった。
 学校では姉貴の悪口や噂が絶えず、その弟である俺も一緒に嫌われていた。悔しさで、悪口を言っているやつに殴りかかろうとしたこともあった。そんなとき、通りすがりの教師に取り押さえられ、俺は必死にもがいていた。
 教師からその質問が投げかけられたとき、真っ先に姉貴の顔が浮かんだ。そして気づけば、俺は助ける方を選んでいたことを今でも覚えている。
 周りのみんなは助けに行かない選択をしたけれど、俺は流されることなく、自分の意志で決めた。
 どんなに教師に説得されても、俺は姉貴の味方でい続けると心に決めていた。その意志だけは曲げることができなかった。
 俺の中の姉貴は、少し抜けているところもあるけれど、かわいくて優しい存在なんだって、そうたかをくくっていたっけ。
「みんなは助けにいかないって言ってた。自分もそこにいったら差別されたり、ひどい扱いを受けたりするかもしれないからって。当時の先生も助けにいかない選択をしていた」
 物思いに耽っていると、ふとある精神科医の言葉が耳に入り、はっと我に返る。気がつくと、彼は羨望(せんぼう)の眼差しをこちらに向けて語りかけてきた。
「だけど、一人だけいたんだよ。助けに行きたいって言ったやつが。そいつはみんなから嫌われていて、君のお姉さんと同じように忘れ物や遅刻が多かった。教師に『そこに行ったら自分も差別されるんだぞ、怖くないのか?』と何度も説得されても、その意志を曲げようとはしなかったんだ。先生はその姿に憧れて、そいつみたいになりたいと思って精神科医を目指したんだよ。どんな扱いを受けてもいい。どうなってもいいからそいつの味方になってやりたいって」
 俺はそんなこともあるんだなと胸がいっぱいになった。なぜか溢れてきた涙を拭いながらも防音イヤーマフを受け取り、病院を後にした。それから騒がしい場所を避けるために図書室登校を始めた。