その日から姉貴自身は悪くない。悪いのは姉貴にこんな苦労させている何かだと漠然とした怒りが込み上げる。姉貴のせいにしてしまいたくなる気持ちを抑えながら、虚空を睨んでいた。
「椋翔、お姉ちゃんのことで話しておきたいことがあるの」
そう母さんから話かけられたのは中1の夏だった。ちょうど深夜を回ったところで姉貴はすーすーと眠っており、俺はトイレに行きたくなって起きた時だった。その声はどこか戸惑いと悲しみが滲んでいた。
母さんの話によると、姉貴は発達障害というものを抱えており病気ではなく、生まれつきの脳の特性らしい。主に3つに種類が分けられているのだが、姉貴はそのうちのふたつを併発しているのだという。残りのひとつであった、読み書きや計算は得意だったのだ。
姉貴はそのせいで他の子とは発達が遅れていて、俺がまだ物心つく前に公開処刑みたいなことをさせられたことがあった。幼稚園で姉貴が3歳だった時、まだオムツが手放せなかった錦奈のズボンを先生がみんなの前で降ろしたんだとか。
俺はその話を聞いた時、先生は人なのかと疑った。そんなことが許されていいのだろうかとふつふつと怒りが込み上げ、恨みを持つ。
あと小学校の時にこんなこともあったらしい。
「この子は支援学級の子なんですから、そっちで面倒を見てやってくれないか」
「いやです。普通のクラスの方で見てやってください」
言い争う担任の先生と支援学級の先生。当時は姉貴よりも上の学年の子に暴力を振るう子が支援学級内にいたことからこれが起きたんだとか。
この話に俺は「たらい回しだな」と返したが、母さんは「柔らかく言えばね。でもあれはどこからどう見ても本気の押し付け合いだったわ」と眉を八の字にするだけであった。
その他にも色々な話を聞かせてくれて、それは無慈悲でしかなかった。どうして姉貴がこんな目に遭わなければいけないんだと絶望に暮れた。 そして、俺は何度も枕を涙で濡らしながら、朝を迎えるまで眠れずに過ごす日々を送るようになった。心の中ではただひたすらに祈るように願う。
どうか、姉貴を救ってやってくださいと。
するとある日、どこからともなく声が聞こえてきた。
「この症状は永遠にお前の耳を蝕むだろう。治ることは決してない」
その症状というのが聴覚過敏というものだった。
人々の話し声や笑い声が、街の喧騒の中で遠近を問わず耳の奥で反響し、車や電車の音も無遠慮に襲いかかってきた。
その音の洪水は、次第に自分の声さえも嫌悪の対象にしてしまい、耳を閉じることができずに苦しむ日々が続いた。
音の絶え間ない侵襲に、自分が確かに存在している感覚さえも揺らぎ、心の中に静寂を取り戻す方法が見つからないまま、ただ音に圧倒されるだけだった。
いっそこの聴覚が完全に失われてしまえばいいのに、とさえ思うほどの苦痛。
「椋翔、お姉ちゃんのことで話しておきたいことがあるの」
そう母さんから話かけられたのは中1の夏だった。ちょうど深夜を回ったところで姉貴はすーすーと眠っており、俺はトイレに行きたくなって起きた時だった。その声はどこか戸惑いと悲しみが滲んでいた。
母さんの話によると、姉貴は発達障害というものを抱えており病気ではなく、生まれつきの脳の特性らしい。主に3つに種類が分けられているのだが、姉貴はそのうちのふたつを併発しているのだという。残りのひとつであった、読み書きや計算は得意だったのだ。
姉貴はそのせいで他の子とは発達が遅れていて、俺がまだ物心つく前に公開処刑みたいなことをさせられたことがあった。幼稚園で姉貴が3歳だった時、まだオムツが手放せなかった錦奈のズボンを先生がみんなの前で降ろしたんだとか。
俺はその話を聞いた時、先生は人なのかと疑った。そんなことが許されていいのだろうかとふつふつと怒りが込み上げ、恨みを持つ。
あと小学校の時にこんなこともあったらしい。
「この子は支援学級の子なんですから、そっちで面倒を見てやってくれないか」
「いやです。普通のクラスの方で見てやってください」
言い争う担任の先生と支援学級の先生。当時は姉貴よりも上の学年の子に暴力を振るう子が支援学級内にいたことからこれが起きたんだとか。
この話に俺は「たらい回しだな」と返したが、母さんは「柔らかく言えばね。でもあれはどこからどう見ても本気の押し付け合いだったわ」と眉を八の字にするだけであった。
その他にも色々な話を聞かせてくれて、それは無慈悲でしかなかった。どうして姉貴がこんな目に遭わなければいけないんだと絶望に暮れた。 そして、俺は何度も枕を涙で濡らしながら、朝を迎えるまで眠れずに過ごす日々を送るようになった。心の中ではただひたすらに祈るように願う。
どうか、姉貴を救ってやってくださいと。
するとある日、どこからともなく声が聞こえてきた。
「この症状は永遠にお前の耳を蝕むだろう。治ることは決してない」
その症状というのが聴覚過敏というものだった。
人々の話し声や笑い声が、街の喧騒の中で遠近を問わず耳の奥で反響し、車や電車の音も無遠慮に襲いかかってきた。
その音の洪水は、次第に自分の声さえも嫌悪の対象にしてしまい、耳を閉じることができずに苦しむ日々が続いた。
音の絶え間ない侵襲に、自分が確かに存在している感覚さえも揺らぎ、心の中に静寂を取り戻す方法が見つからないまま、ただ音に圧倒されるだけだった。
いっそこの聴覚が完全に失われてしまえばいいのに、とさえ思うほどの苦痛。