根っからの本の虫である俺は、小説を読み終えた後の心地よい余韻に浸りながら、「いつか自分もこんな風に心を揺さぶる物語を書きたい」と強く思うようになった。
 しかし、実際にペンを取って書こうとすると、決まって姉貴の何気ない一言や些細な邪魔が入り、その度に集中力を削がれてしまう。書きたいという情熱と現実の間には、思っていた以上に越えがたい壁が立ちはだかっていたのだ。
 姉貴は小学校の頃からヒノキ組やエゴノキ組といった支援学級に通っていて、問題行動を起こすたびに俺が呼び出されることが多かった。いつも姉貴の後始末をするのが、当たり前のようになっていた。
 姉貴から目を逸らせるのは、教室で授業を受けている時だけだった。教室にいる間だけは、姉貴の存在から一時的に解放され、肩の荷が少し軽くなるような気がしていた。
 しかし、その一瞬の安心感もつかの間で、目を離した隙に、いつの間にかいじめの標的にされていることも少なくなかった。トイレや空き教室に閉じ込められ、助けを求める声も届かないまま過ごした時間や、夜7時過ぎまで公園に置き去りにされたこともあった。
 そんな状況の中で、誰よりも早く姉貴の居場所を見つけ出せたのは、いつも決まって俺だった。俺たちの間に何か特別な絆があるわけではないはずなのに、まるで心が通じ合っているかのように、姉貴の行動の先を自然と感じ取ってしまうのだ。見つけ出した後は、泣きじゃくる姉貴を背中に背負いながら、何度も家路を辿った。
 元々運動神経は月並みにあったので、姉貴ひとりをおぶうことぐらい赤子の手をひねるように簡単なことだった。
「責めてるわけじゃねぇんだけどさ、なんであんな時間まで待ってたんだよ?」
 ある日俺は興味本意で聞いてみた。その日も姉貴は公園に夜7時まで置き去りにされていたからだ。
「なんでって、もしかしたら遅れているだけかもしれないし、途中で帰ってたらすれ違うこともありえるし、そんなことぐるぐる考えていたら帰れなかったぁ」 
 その姿はいつもの騒がしくて迷惑ばかりかけている姉貴とはまるで違い、ほんの一瞬だけ見せた彼女の弱さと儚さに、俺は思わず言葉を失った。優しさや反省の気持ちが確かに息づいていることに気付かされ、胸の奥がじんと熱くなった。