幼い頃から、俺は本当に弟としてここにいるのだろうかと疑う瞬間が幾度もあった。
 足は遅いくせに、体力だけは無尽蔵な姉貴が日が暮れるまで走り回るのを追いかけたり、止めどなく溢れ出すマシンガントークに耳を傾け、いつだって話相手を務めていた。
 姉貴の気まぐれと奔放さに振り回されながらも、まるで見えない糸で繋がれた執事のように、俺はいつも姉貴のそばにいた。
 それが弟としての役割なのか、それともただの都合のいい存在なのか、その答えは誰にも教えてもらえず、俺はいつも姉貴の背中を追い続けていた。 
 姉貴の外見は、まるで絵本から飛び出したように可憐で無邪気であり、成長すればその美しさは誰もが羨むほどの美女へと変わるだろう。
 けれども、その中にひそむ抜けたところが、姉貴らしさを際立たせていた。それに対して、俺はいつも自然と手を貸さずにはいられなかった。
 姉貴の完璧に見える外面と、その内に秘めた不完全さとのギャップが、俺の心を引き寄せ、無条件で支えたいという衝動に駆られるのだった。
 もはや姉と弟ではなく、妹と兄という関係に酷似していた。
「椋翔ー!わたしの鞄知らない?」
 毎朝、姉貴はまるで決まった儀式のように同じような質問を投げかけてくる。その声が耳に届くと、まるで魔法のように目が覚め、いくら早い時間であろうと、二度寝の誘惑はすぐに消え去る。
「どれだけ忘れたら気が済むんだ」と内心で嘆きつつも、探し始めると、その物が見つかる場所は、まるで灯台下暗しのような意外なところであったり、「そこにあったのか!」と驚かされるような場所であったりする。
 そうした日々の繰り返しの中で、いつの間にか自分がその探索をどこか楽しんでいることに気づき、日常の一部として受け入れている自分がいた。
「何回言ったらわかるの?錦奈」
「やめろよ、母さん。いつものことだろ」
 姉貴は毎晩のように母さんから厳しく説教を受けていて、俺が何度も止めに入ることがあった。それでも母さんは引こうとはせず、姉貴はついに耐えきれなくなってパニックを起こし、泣き叫びながら走り回り、最終的には部屋に閉じこもってしまった。
 父さんはというと、俺が幼い頃に亡くなってしまったらしい。その父さんがいたら少しは楽だったのかもしれない。
 俺はそんな姉貴を追いかけ、毎晩のようにその体を抱きとめて頭を撫でてやった。その度になんで姉貴はこうなんだと怒っている自分がいて、どうしようもない感情に翻弄されていた。姉貴が泣きつかれたのか眠りに落ちて、その寝顔はあまりもかわいらしく、一緒に寝てやった。