だからこそ、彼女との距離を意識的に取ろうと試みたものの、虹七の存在は俺の中で姉貴のようにあまりにも鮮烈で、離れようとするほどに惹かれてしまった。
 逃れられない重力のように、俺の心は彼女に引き寄せられ、もがくほどに絡め取られていった。
 気づけばいつも頭の中を支配しているのは虹七の存在で、脳裏に浮かぶ光景には、俺と虹七が笑顔で楽しげに会話を交わしている姿ばかりがあった。
 その空想の中で俺たちは、現実の距離を忘れて、まるで幼馴染のように自然にはにかみ合いながら、言葉を紡いでいた。
 そんな思考に囚われているせいで、榎さんが丁寧に作ってくれたプロットを前にしても、物語の執筆に集中することなど到底できるはずもなかった。
 虹七が俺の内側で存在感を増すたびに、現実と虚構の狭間で迷い込むようにして、ただ彼女との時間を夢見ていた。
 そのことを一番知られたくない相手は、何よりも虹七だった。自分の妄想癖や歪んだ感情を知られ、変な人だと思われるのが怖かったのだ。
 だから、虹七に対しては決して邪な考えを抱かないよう、いつも細心の注意を払っていた。
 それでも、ふと気が緩むと、俺の心は知らず知らずのうちに虹七との空想に浸り、それらの想いを小説の中に描き出していた。そんな自分が恥ずかしくて、虹七に対して正直でいることができなかったのだ。
 たとえ虹七が俺の書いた小説を読みたいと、懇願して土下座までしてきたとしても、その内側にある感情の奔流を見せるわけにはいかなかった。
 自分の心の中に広がる世界が、彼女にどう映るのかを考えると、恐ろしくて仕方がなかったのだ。
 その日の放課後、胸の奥に言いようのない不安が込み上げ、俺はなぜか足が勝手に体育館倉庫へと向いていた。そこには倒れ込むようにして力なく横たわる虹七の姿があった。
 その光景はひどいなんて言葉では到底済ませれない、目を背けたくなるほどの惨状だった。
 虹七の頰の血の気が失せていくのを目の当たりにし、俺の心臓は氷のように冷え切った。不覚にもその小さな体を背中に背負わずにはいられなかった。あまりにも現実離れしていて、胸が引き裂かれようだった。
 本当はその場で大声を張り上げ、虹七をどうにかして目を覚まさせたがった。だが、喉は相変わらず声を拒み、ただ無言のまま彼女を背負って歩き出すしかなかった。心の中で叫び続ける自分の声が虚しく反響し、ただ虹七を守りたい一心で足を動かした。
 虹七が意識を取り戻した瞬間、俺の心には安堵と安らぎが広がった。けれども、彼女が自分の過去を打ち明け始めた時、そこで語られたのは俺の記憶の中で色褪せることのない姉貴の話だった。
 姉貴の面影を重ねてしまうことが、彼女に対しての裏切りであるかのような感覚に苛まれ、これ以上その境界を曖昧にするわけにはいかないと、俺はその場を立ち去るしかなかった。
 胸の奥底に残る姉貴の存在と、目の前の虹七、その二つが交差することの恐れから逃れるようにして。
 しかし今、虹七は足を引きずりながらも松葉杖を投げ捨て、痛みも恐れも顧みずに、俺に真正面から向き合おうとしている。
 その強い決意と誠意を無視するわけにはいかない。それに応えることが、自分の使命だと思う。