「どうした、虹七?」

 ノックもせずに部屋に入ってきたのは父さんだった。うずめたままだから顔は見えないけれど聞き慣れさでわかる。

「家の父さんみたいじゃないか。その姿は。そんなにつらいのはあの子のせいか?頭に防音イヤーマフをつけている」
「え……ヘッドフォンじゃなくて?」

 予想の遥か斜め上の質問をされ、動揺する。おもむろに顔を上げるとぼんやりとした視界の中、父さんが私の真横に人1人分ぐらいの間を開けて腰かけた。

「そう。病院でカウンセリングを受けてる人のことを話すわけにはいけないが、今回は仕方ないな。紅椋翔くん。彼は父さんが担当している」
「なんで……」

 半信半疑で自分の耳を疑った。なぜ父さんが知っているのだろうか。精神科医だからか。いや、椋翔くんは耳が聞こえすぎてるからもっと違うどこかの科だろう。父さんとは絶対に巡り合うわけがない。

「あの子は父さんに最初から筆談を要求してきたな。カウンセリングしようとしても、冷たく突き放してくるような言葉を出すことがあるし、あまりにも心を開いてくれなくててこずっているんだ。父さん小学生の時から精神科医目指してきて、大学出てやっと精神科医につけて、もう何年もやってんのにな……」

 声は最後になるほどしぼむように小さくなっていった。私と同じではないか。というか、声の低みと重みが私より苦労してるように伝わってくる。これはどういうことなのだろう。 

「聴覚過敏って聞いたことあるか?」
「なにそれ……」

 戸惑っていると、父さんは問いかけてきた。聞き慣れない異国の言葉みたいだ。それだけ聞いても理解はできない。

「耳が聞こえすぎてるっていうか、あらゆる音を耳で拾いすぎてしまっているんだ。それが苦痛となり、ついつい突き放してしまうような行動をとる人が多くいる」