あの椋翔くんが?あんなに私に優してくれたのに。でも彼らしい気もする。『静かにしないと追い出す』なんて筆談で柚香ちゃんと櫂冬くんを突き放したことがあったからから。

 椋翔くんは自分から筆談してきた。いつだって私に対してはそうだった。運命的なものを感じたのは嘘だったのだろうか。

「椋翔が1番関わっていたのは虹七さんだ。だから虹七さんが何かしたに違いないんだよ!」

 3人の声が私を矢継ぎ早に責めたてる。頭には無数のクエスチョンマークが浮かび、困難なラビリンスを彷徨い、やがてショートした。

 私はただ過去を打ち明けただけ。椋翔くんは優しく受け止めてくれた気がした。だから何も悪くないはず。こんなこと、ありえないはず。
 原因を教えてよ、顔だけイケメンのクズ野郎!大嫌いだ。椋翔くんなんか。

「最低!もう、絶交だよ!虹七ちゃん、大嫌い!」
「僕も絶交だ!仲良くなれると思うなんて信じて任せたのに、こんなことになるなんて」 

 そう吐き捨て、踵を返し振り向くことなく出ていく柚香ちゃんと櫂冬くん。ふたりの背中は動けない私に追えるわけがなく、激しい足音が壁越しに響くだけであった。

「一生のお願いって、頼んだ先生も悪かったと思う。でもこれだけは言っとく」

 あからさまにため息をつきながら丘先生は前置きした。

「あなたのお父さん、精神科医でしょ?先生は高校の同級生で仲良くしてた。今でも連絡を取り合っている仲よ。結婚も付き合いもしてない、親友。その娘が虹七ちゃんだからもしかしたら椋翔くんを助けられるかもって思ったの」
「えっと……話が全然わかんないです」
  
 父さんはいつも死んでいるような顔をしていた。なのに親友がいたなんて話は初耳だ。でも、そうか。だから父さんは私を迎えにきたとき目を見開いてたんだと点と点が繋がったような感覚がする。

 問題はそのあとだ。その娘が私だから椋翔くんを助けられる?そんなの無理に決まっている。だって、私と椋翔くんの間には高くて分厚い壁が立ちはだかっているから。血が繋がっているからって、当てつけみたいにしやがって。