「椋翔くんの家って、どこですか?」
月曜日、私は朝1番にその質問を投げかけた。
「えっと、それはね――」
丘先生が答え始めたその瞬間、電話の音が突然言葉を遮るように響き渡り、会話が中断される。
丘先生は保健室の端にあった内線の電話をとる。
「こちら、丘です。……は、はい。ええ、えっ!あ、はい。わかりました。探してみます。失礼します」
丘先生は、終始緊迫した表情で電話に応答していた。その表情には明らかに困惑と緊張が浮かび、口元は言葉を紡ぐたびに微かに震えていた。少し距離があるため、電話の向こう側の声は聞こえないが、一大事であることは容易に察せられた。
「く、椋翔くんが家にいないって。母親が朝起きてすぐ気がついたらしいよ。今母親が探しているって。先生は探してくるけどどうする?」
電話を切った丘先生は震えた声でそう問いかけてきた。
「私、行きます。壁に手をあてて行けばいんですから」
「ちょっと待って……これ、使って」
ベッドから降りようとした私に、丘先生は松葉杖を差し出してくれた。それはステンレス製の、ごく普通の白と灰色の杖である。右手首はまだ疲労骨折の痛みが残っており、杖の握りがしっかりとできず、歩くことさえままならないかもしれない。
加えて打撲などもまだ完治していない。どこかの骨を折ってしまったかのように、じんじんと痛んでいる。
もはや車椅子の方がいいのかもしれない。使うのは手と腕の力だけだ。でも右手首が疲労骨折だから左右平等に力をかけて車輪を回すのは難しい。
ならば誰かに押してもらうのもいいかもしれない。だが、ここには丘先生しかいないし、柚香ちゃん達は授業を受けている真っ最中だ。
すなわち、椋翔くんを探すには松葉杖で行くしかない。
心の底から不安の感情がじわじわと湧き上がり、全身を支配してくる。
怖い、今無理をすることでまたケガを増やしてしまうのではないかと。
それでも……。
――虹七ちゃんは錦奈さんを庇った張本人なんだから――
柚香ちゃんは私に椋翔くんを助けてほしいと思いを託してくれた。それは父さんも同じだ。もし椋翔くんの心を開けたらまた前を向いて生きていけると言っていた。ふたりの思いを踏みにじるわけにはいかない。
櫂冬くんと丘先生も私と椋翔くんなら仲良くなれると信じてくれてる。今松葉杖を託してくれたのも、その証なのだろう。
プレッシャーは大きすぎるぐらいだ。それに答えれるかどうかはわからない。でも私にできることが少しでもあるのなら、それを最後までやり通すことに全力を尽くす。それだけだ。
なんとか両脇に挟み、歩き出す。その様子を丘先生は終始オロオロと心配そうに見守っていた。
「いけます、大丈夫ですから」
「本当に大変だったら近くの人にヘルプを頼んでね。先生もまずは校内をくまなく探す予定にしているから」
「はい」
丘先生は私の返事を尻目に保健室を出ていった。1人取り残されそうになる中、片方ずつ松葉杖と足を動かし前に進んでいく。幸い、肩は両方動くからなんとか歩けている状態だ。
体を動かす。それは普通の人にとっては赤子の手をひねるように簡単なことだ。それが本当はこんなにも難しいことなのだということをここ数日は何回も痛いほど思い知らされた。
それがよりにもよってこんなタイミングの時にも私自身をむしばむように苦しめてくるのか。もどかしい。今すぐにでも足が張り裂けんばかりに走って椋翔くんの元にたどり着きたいのに。
月曜日、私は朝1番にその質問を投げかけた。
「えっと、それはね――」
丘先生が答え始めたその瞬間、電話の音が突然言葉を遮るように響き渡り、会話が中断される。
丘先生は保健室の端にあった内線の電話をとる。
「こちら、丘です。……は、はい。ええ、えっ!あ、はい。わかりました。探してみます。失礼します」
丘先生は、終始緊迫した表情で電話に応答していた。その表情には明らかに困惑と緊張が浮かび、口元は言葉を紡ぐたびに微かに震えていた。少し距離があるため、電話の向こう側の声は聞こえないが、一大事であることは容易に察せられた。
「く、椋翔くんが家にいないって。母親が朝起きてすぐ気がついたらしいよ。今母親が探しているって。先生は探してくるけどどうする?」
電話を切った丘先生は震えた声でそう問いかけてきた。
「私、行きます。壁に手をあてて行けばいんですから」
「ちょっと待って……これ、使って」
ベッドから降りようとした私に、丘先生は松葉杖を差し出してくれた。それはステンレス製の、ごく普通の白と灰色の杖である。右手首はまだ疲労骨折の痛みが残っており、杖の握りがしっかりとできず、歩くことさえままならないかもしれない。
加えて打撲などもまだ完治していない。どこかの骨を折ってしまったかのように、じんじんと痛んでいる。
もはや車椅子の方がいいのかもしれない。使うのは手と腕の力だけだ。でも右手首が疲労骨折だから左右平等に力をかけて車輪を回すのは難しい。
ならば誰かに押してもらうのもいいかもしれない。だが、ここには丘先生しかいないし、柚香ちゃん達は授業を受けている真っ最中だ。
すなわち、椋翔くんを探すには松葉杖で行くしかない。
心の底から不安の感情がじわじわと湧き上がり、全身を支配してくる。
怖い、今無理をすることでまたケガを増やしてしまうのではないかと。
それでも……。
――虹七ちゃんは錦奈さんを庇った張本人なんだから――
柚香ちゃんは私に椋翔くんを助けてほしいと思いを託してくれた。それは父さんも同じだ。もし椋翔くんの心を開けたらまた前を向いて生きていけると言っていた。ふたりの思いを踏みにじるわけにはいかない。
櫂冬くんと丘先生も私と椋翔くんなら仲良くなれると信じてくれてる。今松葉杖を託してくれたのも、その証なのだろう。
プレッシャーは大きすぎるぐらいだ。それに答えれるかどうかはわからない。でも私にできることが少しでもあるのなら、それを最後までやり通すことに全力を尽くす。それだけだ。
なんとか両脇に挟み、歩き出す。その様子を丘先生は終始オロオロと心配そうに見守っていた。
「いけます、大丈夫ですから」
「本当に大変だったら近くの人にヘルプを頼んでね。先生もまずは校内をくまなく探す予定にしているから」
「はい」
丘先生は私の返事を尻目に保健室を出ていった。1人取り残されそうになる中、片方ずつ松葉杖と足を動かし前に進んでいく。幸い、肩は両方動くからなんとか歩けている状態だ。
体を動かす。それは普通の人にとっては赤子の手をひねるように簡単なことだ。それが本当はこんなにも難しいことなのだということをここ数日は何回も痛いほど思い知らされた。
それがよりにもよってこんなタイミングの時にも私自身をむしばむように苦しめてくるのか。もどかしい。今すぐにでも足が張り裂けんばかりに走って椋翔くんの元にたどり着きたいのに。