その瞬間、櫂冬くんは私の手をそっと離し、深く錆びた灰色の柵のような扉を開けて、柚香ちゃんの真ん前に立った。彼はそのまま彼女を優しく抱きしめ、静かにこう言った。
「僕達、運命の出会いじゃん。錦奈も失って柚香とは別れるなんていやだよ。聴かせてよ、柚香の叫びを」
「……あたしね、錦奈さんをいじめていた1人なの」
柚香ちゃんはそう言って、櫂冬くんの胸に顔を預けながら言った。
その話によると、錦奈さんは遅刻したことに「明日は必ず来ます」と言って謝罪した。しかし次の日もまた遅刻してきたらしい。
さらに課題を忘れたり、生物の時に現代文の教科書を間違えて持ってくるなどと、その場しのぎに口だけで図々しいというか、性懲りもないというか。
柚香ちゃんはそんな錦奈さんが気に入らないくていじめていたらしい。リーダー格は別の人でその人は虹七ちゃんもいじめてたという。
運動靴を隠したり、わざと遊びに誘って、ちゃんと待ってる錦奈さんを影でくすくすと笑いながら放置していたこと。
錦奈さんは足が遅いらしく、50メートルを走ればどんなに頑張っても13秒台だという。柚香ちゃん達はそれを理由にしてクラスのレクリエーションで錦奈さん1人を鬼にして、みんなで逃げ回り、もてあそぶように煽ったりからかいまくったらしい。
錦奈さんが話かけようと近づくと、柚香ちゃん達はあからさまに避けてヒソヒソ話をしあったんだとか。
そんなこんなである日、私が錦奈さんを庇い、錦奈さんが不登校になった時点で、柚香ちゃんは自分がしたことの重さを知ったんだそう。
それからリーダー格の人を避けるように不登校になり、罪悪感にさいなまれる日々を過ごしていた。心のどこかでは私を助けたいと思いながらも、そしたら次は自分がいじめの標的になると思い、中々踏み出せなかったんだという。
柚香ちゃんが不登校を始めて2ヶ月後、愛する母を失い、それがきっかけか子どものころにテニスを母とやっていたことを思い出し、気づけばラケットを持って公園にいたという。そこでうなだれていた櫂冬くんと出会ったんだとか。
柚香ちゃんは櫂冬くんに自分の素がばれないように一途な乙女を演じた。そして私が顔を認識してもらってないことをいいことによく思われようと働きかけていた。
意表を突く衝撃的な告白に、息が止まりそうになった。背筋が凍り、体が自然とすくむ。
柚香ちゃんは、力なく「ごめんなさい」と何度も呟きながら、涙を流し続けていた。その様子に櫂冬くんは、震えながらも抱きしめていた手に更なる力を込めて、静かにこう告げた。
「今度、一緒に錦奈のお墓参りに行こう。そこでちゃんと錦奈に謝れ。そしたら許す……だから別れるなんて言うな。虹七さんも、それでいいよな?」
櫂冬くんの額には深い皺が刻まれており、その表情からは、今すぐにでも柚香ちゃんを怒鳴りつけたり、責め立てたりしたい衝動がひしひしと伝わってきた。それでも彼は、その激しい感情を必死に抑え込み、心の奥深くに押し込めているかのようだった。
「よくないよ、あたしを殴って!櫂冬。そして丘先生に白状しにいくの!」
柚香ちゃんは、涙を滲ませながら、切実な声で訴えていた。 その声に私は思わず反応し、声を張り上げて制した。
「たぶん錦奈さんはそんなこと望んでない……色々苦労してる中で、みんなに迷惑かけちゃうんだろうけどさ……それで自分を責めちゃうし、どうせ誰からも好かれないって決めつけてしまったりするんだよ……でも寂しくて、誰かと話したい気持ちや優しさもちゃんとあるんだよ」
声はわなわなと震えていたが、言葉に込めた思いは真剣だった。
「僕も……同じだ。錦奈はそんなこと望んでない」
櫂冬くんの声は低く、けれどその一言に彼の全てが込められているようだった。
「……ありがとう。実はね、虹七ちゃんを助けたいって言ってる人はもう一人いるの。椋翔くんなの。椋翔くんが虹七ちゃんを助けた時にメモ帳を通して知ったの。だからあたしはもう一度、プロットをつくることにした。そんな椋翔くんを助けれるのは虹七ちゃんだと思う。だって、椋翔くんの姉、錦奈さんと1文字違いというか、点々ついてるだけだもん。それに虹七ちゃんは錦奈さんを庇った張本人なんだから」
柚香ちゃんは観念したように、それでいて想いを託すように静かに語った。
確かに似すぎている。だからこそ椋翔くんは「私の弟になって」という突拍子もないお願いを受け入れてくれたんだと思う。そして錦奈という名前を知らずに私が庇ったことを知り、椋翔くんは私を避けてきたのだろう。
顔だけイケメンで突き放してくるような、一面がありながらも私を助けてくれた大嫌いな椋翔くん。そんな彼を私は助けれるだろうか。わからない、わからないけど。
「わかった、月曜に椋翔くんの家を丘先生に聞いて訪ねてみる」
でも、この時の私はまさかあんなところに椋翔くんがいるとは思いもしなかった。
「僕達、運命の出会いじゃん。錦奈も失って柚香とは別れるなんていやだよ。聴かせてよ、柚香の叫びを」
「……あたしね、錦奈さんをいじめていた1人なの」
柚香ちゃんはそう言って、櫂冬くんの胸に顔を預けながら言った。
その話によると、錦奈さんは遅刻したことに「明日は必ず来ます」と言って謝罪した。しかし次の日もまた遅刻してきたらしい。
さらに課題を忘れたり、生物の時に現代文の教科書を間違えて持ってくるなどと、その場しのぎに口だけで図々しいというか、性懲りもないというか。
柚香ちゃんはそんな錦奈さんが気に入らないくていじめていたらしい。リーダー格は別の人でその人は虹七ちゃんもいじめてたという。
運動靴を隠したり、わざと遊びに誘って、ちゃんと待ってる錦奈さんを影でくすくすと笑いながら放置していたこと。
錦奈さんは足が遅いらしく、50メートルを走ればどんなに頑張っても13秒台だという。柚香ちゃん達はそれを理由にしてクラスのレクリエーションで錦奈さん1人を鬼にして、みんなで逃げ回り、もてあそぶように煽ったりからかいまくったらしい。
錦奈さんが話かけようと近づくと、柚香ちゃん達はあからさまに避けてヒソヒソ話をしあったんだとか。
そんなこんなである日、私が錦奈さんを庇い、錦奈さんが不登校になった時点で、柚香ちゃんは自分がしたことの重さを知ったんだそう。
それからリーダー格の人を避けるように不登校になり、罪悪感にさいなまれる日々を過ごしていた。心のどこかでは私を助けたいと思いながらも、そしたら次は自分がいじめの標的になると思い、中々踏み出せなかったんだという。
柚香ちゃんが不登校を始めて2ヶ月後、愛する母を失い、それがきっかけか子どものころにテニスを母とやっていたことを思い出し、気づけばラケットを持って公園にいたという。そこでうなだれていた櫂冬くんと出会ったんだとか。
柚香ちゃんは櫂冬くんに自分の素がばれないように一途な乙女を演じた。そして私が顔を認識してもらってないことをいいことによく思われようと働きかけていた。
意表を突く衝撃的な告白に、息が止まりそうになった。背筋が凍り、体が自然とすくむ。
柚香ちゃんは、力なく「ごめんなさい」と何度も呟きながら、涙を流し続けていた。その様子に櫂冬くんは、震えながらも抱きしめていた手に更なる力を込めて、静かにこう告げた。
「今度、一緒に錦奈のお墓参りに行こう。そこでちゃんと錦奈に謝れ。そしたら許す……だから別れるなんて言うな。虹七さんも、それでいいよな?」
櫂冬くんの額には深い皺が刻まれており、その表情からは、今すぐにでも柚香ちゃんを怒鳴りつけたり、責め立てたりしたい衝動がひしひしと伝わってきた。それでも彼は、その激しい感情を必死に抑え込み、心の奥深くに押し込めているかのようだった。
「よくないよ、あたしを殴って!櫂冬。そして丘先生に白状しにいくの!」
柚香ちゃんは、涙を滲ませながら、切実な声で訴えていた。 その声に私は思わず反応し、声を張り上げて制した。
「たぶん錦奈さんはそんなこと望んでない……色々苦労してる中で、みんなに迷惑かけちゃうんだろうけどさ……それで自分を責めちゃうし、どうせ誰からも好かれないって決めつけてしまったりするんだよ……でも寂しくて、誰かと話したい気持ちや優しさもちゃんとあるんだよ」
声はわなわなと震えていたが、言葉に込めた思いは真剣だった。
「僕も……同じだ。錦奈はそんなこと望んでない」
櫂冬くんの声は低く、けれどその一言に彼の全てが込められているようだった。
「……ありがとう。実はね、虹七ちゃんを助けたいって言ってる人はもう一人いるの。椋翔くんなの。椋翔くんが虹七ちゃんを助けた時にメモ帳を通して知ったの。だからあたしはもう一度、プロットをつくることにした。そんな椋翔くんを助けれるのは虹七ちゃんだと思う。だって、椋翔くんの姉、錦奈さんと1文字違いというか、点々ついてるだけだもん。それに虹七ちゃんは錦奈さんを庇った張本人なんだから」
柚香ちゃんは観念したように、それでいて想いを託すように静かに語った。
確かに似すぎている。だからこそ椋翔くんは「私の弟になって」という突拍子もないお願いを受け入れてくれたんだと思う。そして錦奈という名前を知らずに私が庇ったことを知り、椋翔くんは私を避けてきたのだろう。
顔だけイケメンで突き放してくるような、一面がありながらも私を助けてくれた大嫌いな椋翔くん。そんな彼を私は助けれるだろうか。わからない、わからないけど。
「わかった、月曜に椋翔くんの家を丘先生に聞いて訪ねてみる」
でも、この時の私はまさかあんなところに椋翔くんがいるとは思いもしなかった。