気圧されたのか、気づけば私は口を開いていた。

「私ね、知らない美女を庇ったの……」

 大嫌いな椋翔くんに過去を明かす。

 声は潜めていることができているのだろうか。彼は途中で止めようとペンを動かすわけでもなく、ヘッドフォンを押さえる仕草もせず、ただ聴いてくれていた。無言で側に寄り添うかのように。

 話しているうちに涙が出てきて、それは絶え間なく頬を伝った。何度拭おうとしても出てきて、涙腺がバグってるとしか思えなかった。

 やがてすべて話し終わると、椋翔くんはカーテンをめくり、ティッシュを箱ごと持ってきてくれた。

 私の涙が途絶えるまで手を繋いでくれて、それは冷たかった。きっと真冬なら驚いてすぐ手を離すのだろう。それぐらい、氷みたいにひんやりとしていた。

 どこかで聞いたことがある。優しい人ほど手は冷たいって。
 もしかしたら、椋翔くんは本当は優しい人なのかもしれない。よくわからなくて、どうかしているとこもあるけれど。
 そんな予感が頭をよぎった、瞬間だった。

『長所がひとつもない人なんていると思うか?』

 椋翔くんの目は真剣そのものだった。
 
「いる」
 
 ここに。私がそう。

『いない、どこにも。姉貴は自分でそれに気づけてないだけだ。どれだけ避けられてる人もいじめられてる人にも嫌われてる人にも』
「そうなの?」

 反射的に問いかける。信じられなくて勝手に体が動いて起き上がっていた。

 椋翔くんはそれに臆することなくペンを動かす。

『だから自分にはなにもないとか卑下する必要はねぇ。姉貴にしかできねぇことが姉貴にはあるんだよ。話はそれだけだ』

 椋翔くんは立ち上がり、カーテンを閉じて保健室を出ていく。私はただその姿を呆然と見送ることしかできなかった。これから起こる、最悪な現実を予期する。なんてことはもちろん、ないままに。