「櫂冬くんってさ、柚香ちゃんのこと好きなの?」
 正直なところ、彼らはラブラブに見えていた。しかし、ここまで明らかになると、カップルとして成り立っているのが不思議に思えてくる。表面の幸せそうな姿とは裏腹に、彼らの関係の裏側には、想像以上に筆舌に尽くしがたいものが隠されていたのだと感じざるを得なかった。
「……好きだよ。だって僕、柚香のおかげで教室に戻れたし、同じ高校にも来れた。息抜きにとかって何回もラリーに付き合ってくれたりした。どれだけ感謝しても足りないくらいだよ」
「柚香ちゃんもさ、ああ見えて自分をとりつくろってたりするのかも」
 櫂冬くんが初めて対面したとき、柚香ちゃんの焦げ茶色の瞳は泣き腫らしていたらしい。そして、椋翔くんに激怒した時の彼女の顔は恐ろしいほど険しかった。強引にでも友好的に話しかけることで、相手によく思われようと努め、弱音を決して見せまいとしていたのかもしれない。
 もしお互いがそんな風に無理を重ねていたのだとすれば、カップルとしての関係を必死に演じていたに過ぎないということになる。それが長年続けば、次第にその重荷が二人を苦しめることは避けられない。
「……今度は柚香ちゃんを助けようよ。このままでいいの?」
 ふたりが本当に助けたかったのは、他でもない私。だからこそ、このままで終わらせたくはない。もしここで諦めてしまったら、これまで丘先生と共に協力してきた努力も全て無駄になってしまう。それだけは絶対に避けたい。
「いやだよ、約束だから。どっちかが話したら話そうって決めてたから。よし、行ってくる」
「私も行く」
 聞きたい。私を助けたいという理由を。
「は?虹七さんはケガしてるし、僕がここに連れてくるから」
 無謀そうな私に櫂冬くんは慌て気味だ。
「大丈夫、壁をつたえれたらなんとかいけるから」
 そう言って立ち上がろうとすると、櫂冬くんは手を差し伸べてくれた。
「大変だろ?外に壁はないし」
「でも……」
「大丈夫、行こう」
 櫂冬くんに手を引かれながら、私は部屋を出て階段を降りていく。足は痺れているようで、まるで自分の体ではないかのように重く、動かしにくさが全身に広がっていた。それでも彼の手に導かれるように、一歩一歩慎重に階段を下りていく。
 そして家を出ると、意外にも柚香ちゃんはすぐ近くにいた。ブロック塀の向こう側に背を預けており、こちらからは二つ結びにした髪の端しか見えない。途切れるような嗚咽が静かに響き、柚香ちゃんがひっそりと泣いていることを、私ははっきりと感じ取った。
「ふたりとも……なんで。あたし、ふたりに嫌われてもおかしくないことをしたんだよ」
 こちらに気づいたのか、柚香ちゃんは弱々しい声で吐き出した。