「椋翔くん……」

 そこには誰からも嫌われている、大嫌いな人がいた。

 糸がぐちゃぐちゃに絡まったような、よくわからないクズ。

 そんなやつが私なんかを助けた。

 上を見上げれば白い天井。病院で使われているような、肌色のカーテン。鼻をかすめる消毒液の匂い。

 でも病院じゃない。ここは保健室だ。

 私が起きたことに気づいたのか、椋翔くんは何やらメモ帳の上でペンを走らせた。それから差し出してくる。

『心配させんな、バカ野郎。死んだかと思ったじゃん』
「どうして、私なんかを……」

 驚愕しかなくて声がかすれる。まるで死にかけのスズメみたいに。

 椋翔くんはまたペンを滑らせた。
 
『なんか胸騒ぎがしたから、行ってみてよかった。ひどいなんて言葉じゃ表しきれねぇ有様だな、姉貴』
「そうよ、打撲、すり傷、裂き傷、割創(かっそう)挫創(ざそう)。骨が折れてないのが不幸中の幸いよ。まぁ、右手首の疲労骨折はそのまんまだけど。2週間もすれば普通に歩けるようになるわ。しばらくは保健室登校ね」

 椋翔くんの後ろから丘先生の声が聞こえた。かわいそうにと眉根を下げている。

 その途端、鋭い痛みに襲われる。ジクジクと血が出ている感触がした。

「痛っ!」

 モゾモゾともがくように足を動かす。少し起き上がってみると、セーラ服は砂がこすりつけられたみたいになっていて、ボロボロだ。おまけに見える腕や足は醜く傷だらけ。

 あまりの壮絶さに血の気が引く。愕然としていると、椋翔くんは椅子から立ち上がって私の両肩を優しく掴みベッドへゆっくり押し付けた。まだ起きるなと言わんばかりに。