「そういや、名前聞いていい?」
 それを返しながら、問いかけた。
「榎柚香。高い木の榎に果物の(ゆず)に香水の香」
「僕は柳櫂冬……樹木の柳にかいで舟をこぐという意味の櫂。あと季節の(ふゆ)
 ラリーというか、力まかせの押し付け合いをしながら自己紹介を交わす。すると、彼女は一瞬手を止めて言った。
「それって……苗字にも名前にも部首の木ある?」
「そうだけど……なに?」
「あたしもあるからさ、こんなことめったになくない?運命かもしれないよ。つきあおうよ」「は?僕たち、初対面だぞ」
 驚きのあまり、声が上擦ってしまう。その衝撃的な発言が、まるで頭の中を鈍器で殴られたかのように響いた。現実感が薄れたような感覚に陥り、何をどう返せばいいのか、一瞬わからなくなってしまう。
「いいの、ちょうどカレシいないし。年は?」
「……中3」
「じゃあ、あたしの高校ついてきて。受験勉強つきあうから。見た感じ、全然してなさそうだし」
「……まぁ、そうだけど」
「決まり!明日から気合い入れてやるからねー」
 そうして強引だけど柚香と付き合うことになり、連絡先を交換した。しばらくして教室に復帰すると、いじめは自然消滅していた。受験勉強でそれどころではなくなったのだろう。誰も話かけてはこず、一匹狼みたいだったけれど、おかげで安定した学校生活を再スタートできた。
 柚香は意外と頭が切れるやつでスパルタなところがありながらも、息抜きにラリーにつきあってくれたりした。
「なんでそんなに力が入るんだよ」
 仲とか関係なく付き合いはじめ、いつしかこうなってることに疑問が浮かびある日問いかけてみる。
「だって櫂冬バカだし、一緒の高校通ったら楽しそう。それにあたしどうしても助けたい人がいるの。1人じゃ無理そうだからちょうどいいし、力貸してよ」
 その言葉には、軽い調子でありながらも柚香の強い決意が垣間見えた。
「は?誰だよ、そいつ」
「同じ学年の紫花虹七ってやつ。今保健室登校してる」
――わたしなんかをね、紫花虹七って子が庇ってくれたんだ。なぜかわかんないんだけどね。その子を助けてほしい。今わたしの代わりにいじめに遭ってるから。わたしには助けられないからよろしくね―― 
 ふと頭の中に錦奈の遺言のような言葉が蘇る。それは柚香が口にした名前と同じであった。
「もしかして櫂冬にも助けたい人いて、あたしと同じやつだったりする?」
 その事に言葉を失っていると、勘づいてくる。
「……なんでだよ」
「今はうまく言えない。櫂冬は?」
 柚香は顔を俯かせて言ってきた。理由がなんだか知らないが、死んだ錦奈のことを話すのは躊躇われた。
「あのさいつか……柚香が話したら俺が話す。俺が先に話したら、そのあと柚香が話すってのはどう?」
「な、なにそれ。話さないまま一生終わるよ」
 僕の突拍子もなさそうな発言に柚香は面食らったような顔をした。
「いいじゃん、最終的にはその虹七さんって人を助けられればいんだから」
「櫂冬ってほんとバカだね。それ、のった」
 こうして俺達は恋人でありながらも、虹七さんを助けるための協力関係をつないだ。そして保健室へ行く途中、ある人に出くわす。
「ケガはしてなさそうだけど、もしかして虹七さんに用?」
 アーモンド型の眉と目をした、白衣姿の教師。そう、保健室の丘先生。彼女は僕達の心を見透かしたような発言をしてきた。
「どうして……わかったんですか?」
「ケガじゃないならそれかなと思って。じゃあ、先生も助けたい人もう一人いるから協力して」
「いいですけど、そいつ誰ですか?」
「紅椋翔。櫂冬くんと同じクラスで図書室登校してる子よ。彼今執筆の手が止まっているみたいだから手伝ってあげて」
 そうして協力関係が広がり、今に至ることになる。