既に探し始めてから1ヶ月が経過していた。途方に暮れながらも昼休みに校内を走り回り、行ってないところを探してみる。音楽室に理科室、視聴覚室に保健室。そして、図書室。
入学してから自分の意志で入るのは初めてだ。授業の一環で先生の誘導のもと、そこにクラス全員で訪れることはあったが。
そこには無数の本が取り囲むように並んでいて、数人の人が本を探したりしていた。その横には読書スペースといって長机と椅子がいくつもある。その中にひとり目を引く人がいた。
墨で塗りつぶされたような髪に渋い紫色のヘッドフォンのようなものをかけ、凛とした姿でひたすらノートにペンを走らせている彼はイケメンでしかなかった。
僕の栗色の髪にあがり眉に大きな口という強気そうなイメージしか受けなさそうな顔とは全く違って、その濃い茶色みたいなビー玉の目には一瞬で目を奪われた。
そもそも学校でヘッドフォンなんて許可されてはいない。校則違反だろと思った。
とはいえ、自分から初対面の人には声をかけたことがない。いじめを受けてた分、消極的なところもある。
加えて椋翔らしき人はまるで何かに操られているようにペンを滑らせている。それは話しかけるのを気まずくさせた。でも、怖気付いてる場合ではなかった。
「あ、あの!」
慌てて椋翔らしき人の近くに駆け寄り、声をかける。それに対し、彼はヘッドフォンを押さえる仕草をした。ペンを置き、きつく目を閉じている。何かに耐えるかのように。
「だ、大丈夫?」
そんなにうるさかっただろうか。僕の足音は。記憶のテープを頭の中で早戻ししてみる。でもおおげさという感じしかしなかった。
しばらく唖然と見つめていると、椋翔らしき人は落ちつきを取り戻したように両手を離し、ため息をひとつ。それから、学ランのポケットからメモ帳を取り出し、書きつけた。
『俺と話す時は筆談にしてください。っていうか、声すらかけないでください。じゃないと、追い出します』
差し出されたそれに僕は面食らった。鼻から突き放すような言葉で、背筋が凍る。
何か、癪に障るようなことをしていただろうか。頭をフル回転してみてもそれはわからない。後退りたくなる気持ちもあるが、ここで退けば、他に錦奈と会う手段は、偶然が訪れるのを待つしかない。いつくるかもわからないそれを待てるほど俺の心は錦奈に会いたくて仕方がなかった。
その長机の端にはペン立てとメモ帳が置かれていた。まるで椋翔らしき人と話すためだけに置かれているかのように。
戸惑いながらもペンを走らせ差し出す。
『僕は柳櫂冬といいます。たぶん、同じ3年だと思うのでタメ口でいいですか?』
僕の問いかけに対し、椋翔らしき人は物怖じせず、ペンを滑らせた。『いい。俺は紅椋翔だ。なんか用か?』
やはり、ずっと探していた椋翔だ。そうとわかった途端、気持ちが興奮する。早まる手を抑えようとペンを動かす。当時は名前の漢字は知らなかったのでひらがなで記した。
『姉のにしなに僕が会いたがってると伝えてくれ』
紙を渡すと椋翔は一瞬目を見開き、それからこくりと頷いた。俺と錦奈が知り合いだということを聞いてないからだろう。しかし、椋翔はまたペンを滑らせ、渡してきた。
『姉貴も会いたがってたぞ。今日帰りに公園寄るっていってたから行っとけ。話はそれだけだ』
『ありがとう』
最後の一言にはまた距離を置かれているような感じがした。まるで人と言葉を交わすことすらも嫌っているかのようだ。
椋翔は小説を書くことに戻り、僕はそれを尻目にペンとメモ帳を置き、図書室を後にする。それからは放課後が待ち遠しくて、うずうずしっぱなしだった。
入学してから自分の意志で入るのは初めてだ。授業の一環で先生の誘導のもと、そこにクラス全員で訪れることはあったが。
そこには無数の本が取り囲むように並んでいて、数人の人が本を探したりしていた。その横には読書スペースといって長机と椅子がいくつもある。その中にひとり目を引く人がいた。
墨で塗りつぶされたような髪に渋い紫色のヘッドフォンのようなものをかけ、凛とした姿でひたすらノートにペンを走らせている彼はイケメンでしかなかった。
僕の栗色の髪にあがり眉に大きな口という強気そうなイメージしか受けなさそうな顔とは全く違って、その濃い茶色みたいなビー玉の目には一瞬で目を奪われた。
そもそも学校でヘッドフォンなんて許可されてはいない。校則違反だろと思った。
とはいえ、自分から初対面の人には声をかけたことがない。いじめを受けてた分、消極的なところもある。
加えて椋翔らしき人はまるで何かに操られているようにペンを滑らせている。それは話しかけるのを気まずくさせた。でも、怖気付いてる場合ではなかった。
「あ、あの!」
慌てて椋翔らしき人の近くに駆け寄り、声をかける。それに対し、彼はヘッドフォンを押さえる仕草をした。ペンを置き、きつく目を閉じている。何かに耐えるかのように。
「だ、大丈夫?」
そんなにうるさかっただろうか。僕の足音は。記憶のテープを頭の中で早戻ししてみる。でもおおげさという感じしかしなかった。
しばらく唖然と見つめていると、椋翔らしき人は落ちつきを取り戻したように両手を離し、ため息をひとつ。それから、学ランのポケットからメモ帳を取り出し、書きつけた。
『俺と話す時は筆談にしてください。っていうか、声すらかけないでください。じゃないと、追い出します』
差し出されたそれに僕は面食らった。鼻から突き放すような言葉で、背筋が凍る。
何か、癪に障るようなことをしていただろうか。頭をフル回転してみてもそれはわからない。後退りたくなる気持ちもあるが、ここで退けば、他に錦奈と会う手段は、偶然が訪れるのを待つしかない。いつくるかもわからないそれを待てるほど俺の心は錦奈に会いたくて仕方がなかった。
その長机の端にはペン立てとメモ帳が置かれていた。まるで椋翔らしき人と話すためだけに置かれているかのように。
戸惑いながらもペンを走らせ差し出す。
『僕は柳櫂冬といいます。たぶん、同じ3年だと思うのでタメ口でいいですか?』
僕の問いかけに対し、椋翔らしき人は物怖じせず、ペンを滑らせた。『いい。俺は紅椋翔だ。なんか用か?』
やはり、ずっと探していた椋翔だ。そうとわかった途端、気持ちが興奮する。早まる手を抑えようとペンを動かす。当時は名前の漢字は知らなかったのでひらがなで記した。
『姉のにしなに僕が会いたがってると伝えてくれ』
紙を渡すと椋翔は一瞬目を見開き、それからこくりと頷いた。俺と錦奈が知り合いだということを聞いてないからだろう。しかし、椋翔はまたペンを滑らせ、渡してきた。
『姉貴も会いたがってたぞ。今日帰りに公園寄るっていってたから行っとけ。話はそれだけだ』
『ありがとう』
最後の一言にはまた距離を置かれているような感じがした。まるで人と言葉を交わすことすらも嫌っているかのようだ。
椋翔は小説を書くことに戻り、僕はそれを尻目にペンとメモ帳を置き、図書室を後にする。それからは放課後が待ち遠しくて、うずうずしっぱなしだった。