授業開始のチャイムが鳴る。それと同時に本を通学鞄にしまい、保健室を後にした。いじめてきた子たちとすれ違いたくないからだ。ちょっとでも目を合わせてしまったら――。いや、その先は考えたくない。ちなみに保健室は1階であり、上の階に行くのは2ヶ月ぶりである。

 授業中の静寂の中、外の雨音が私の足音をかき消していく。窓ガラスを伝う雫が、先ほどの喧騒を幻のように感じさせた。この校舎では、まるで私だけが動いていて、他の時間が止まったかのようだ。

 その感覚は私の足取りを軽くし、気づけばあっという間に最上階へと駆け上がっていた。もちろんそこには屋上へつづく扉があって、立ち入り禁止と大きく赤い文字で張り紙がされている。

 辺りを見渡すと、右に図書室の入口があり、古びた引き戸には深いサビがこびりついていた。その黄土色に深い緑に黒ずんだ藍色が静かな歴史の重みを感じさせる。

 引き戸を開けると、無数の本棚が立ち並び、迷路のように私を取り囲む。その中心には、すでに1人の先客が静かに佇んでいた。

 髪は漆黒のテクノカットで華奢な体つきをしている。165の私よりかは遥かに低身長で148ぐらいだろうか。頭にはヘッドフォンのようなものを掛けていて、リングは黒でイヤーカップはコムラサキの実のような渋い紫色をしていた。
 
 そんな彼は古びた図書室の静寂の中でひときわ目立ち、誰かの訪れを待ち続けているかのように見えた。

 今は授業中のはず。なのになぜ彼はここにいるのだろうか。いや、私も本来なら教室にいるはずだからお互い様だ。

 もしかしたら私と同じように図書室登校を勧められたのだろうか。だからここにいるのか。
 
 そう推測すると、自然と本を手に取り、近くの椅子に腰掛けてページを開いた。すると、彼はこちらに気がついたのか、近づいてきた。

 顔立ちはすっと鼻筋が通っていて、全体的に整っている。間違いなくイケメンだ。目は栗色に透き通っていて、私の視線を引き寄せる。まるで濃い琥珀色のビー玉みたいだ。