揺らぎもしない瞳でメモ帳を見せてくる椋翔くんに不覚にも声が上擦り、椅子から崩れ落ちそうになる。それを慌てて机に手をつき、止めた。一緒に寝るとかいきなりなんてことを言ってくるんだ。付き合ってる異性とか兄弟でも小さい時なら当たり前にしてるかもしれないけど、私達はそういう感じではない。

『俺は何頼まれても喜んでやるからな』

 唖然としていると、椋翔くんはまた爆弾のような言葉を文字にしてきた。まるでカレシかなんかのようだ。ってか、兄弟とは弟が何か頼んできてそれに私が答えるとかそういう感じではないだろうか。なんで一応弟なのに頼まれる側になっているのだろう。

『何も頼みません。別にしてほしいこともありませんし』
『なんかあるだろ、ひとつくらいは。この時期なら花見とかさ』
 そうメモ帳を突き出してきて椋翔くんは大きくため息をついた。 

 花見という単語で先ほど登校してきた時に目にした桜の景色が脳裏をよぎった。
 
 あの淡い桃色が風に舞い、枝先を飾るように咲き誇っていたはずの桜。
 
 しかし、昨日の雨はその儚い美しさを無情にも奪い去り、まるで最初から何も咲いていなかったかのように、ただ静かに佇む裸の木々が並んでいた。
 
 散った花びらは近くの川に流されたのか痕跡さえも見当たらず、その光景は今在るものが瞬く間に失われる無常を、冷たく突きつけているかのようだった。
 
『桜はもう散りました』
『ああ、そうだったな。こういうの桜流しっていうんだぞ』

 豆知識を話すように椋翔くんは文字にしてきた。初めて知った。小説を書いているのだからそんなことも知っているのだろうか。とはいえ、どうでもいい話にすぎない。

『そうですか』
 
 素っ気なさそうに返し、鞄の中から本を取り出しそれを開こうとする。すると隣から無理矢理視界に入るように椋翔くんはメモ帳を突き出してきた。
 
『姉貴は欲すらないのか?何かしてほしいっていう』
『ありません、そんなの』