その日の放課後も、一言も筆談交わさず私は図書室を後にした。
 階段を駆け降り、1階に行こうとする。その足は次の瞬間止められた。
「来てたんだ」
 階段の踊り場から聞こえたのそのつぶやきに生きた心地がしなかった。体全体がすくんで動かなくなる。鎖か何かで縛り付けられたみたいだった。
 聞き覚えがある。その高さ。顔は恐怖の方がまともに勝って見れない。でも誰かわかってしまった。私をいじめてきた人達だ。
 立ち止まっていると、あの女子達は近づいてきてくっきりはっきりと威圧感のある声で問いかけてきた。 
「体育館倉庫、ついてきてくれるよね?」
「……はい」
 ピ――。 
 どこかで耳鳴りのような合図が鳴る。それは私の人生終了を知らせていた。
 あの女子達の背後を追随する。階段を降りて校舎を出て、体育館の裏に行く。そこにあるサビだらけの古びた倉庫に連行された。
 ガンッ! 
 扉が開き、私はもの凄い力で引っ張られ中の床に打ち付けられる。その衝撃は痛すぎて、背骨にでもヒビが入りそうだった。抵抗する気力もなく、ボールをお腹に打ち付けられる。 
 痛い、つらい。私が何をしたって言うの。
 ――この世界ってどうかしてるのかな。それともわたしがどうかしてるのかな――
 私が庇った美女の叫びが頭をよぎる。 本当に言う通りだ。あの美女の叫びは中学時代の私の叫びでもある。そして今の私の叫びでもある。
 名前の虹が目立つものだから?庇ったから?気に入らないから?だからってこんな仕打ち……あんまりだよ。
 私は身長が小学生みたいに低いだけのブサイクな女。面接で長所を教えてくださいと聞かれても沈黙するしかないほど何もない。
 勉強も運動も得意じゃないし、何か賞状をもらえるような人でもない。むしろ、何の取り柄もない。 
 うずくまる回数が多い父さん。 
 産まれなかった本当の弟の分まで頑張って生きてほしいという想いを押し付けてくる心温さん。 
 椋翔くんと仲良くなれると想うと信じてくれた櫂冬くんと丘先生。
 椋翔くんの愚痴を聞いてくれたから友達なのと言い張る柚香ちゃん。
 運命的なもの感じてるからと無理矢理話そうとしてきた、大嫌いな椋翔くん。
 みんな私が死んだら悲しんでくれるかな。
 いや、そんなのどうでもいいや。
 もうこんな世界、生きたくない。生きづらい。
 前を向いて生きろ?そんなこと到底できっこない。これまでも、これからも、一生。
 ガンッガンッガンッ。
 何度も何度もボールが打ち付けられる。その度に鈍い音が響く。意識が朦朧とし、頭の中には過去の記憶が走馬灯のように次々と浮かび上がってくる。
 ……死にたい。
 心のなかで、ボソッと呟きがこぼれる。
 そうだ。この意識が途絶えて、それでも怪我だらけで気絶してるだけだったら、もう一度目を覚ましてしまったら、その時はどこでもいい。なんでもいい。
 高いところから飛び降りたり、睡眠薬を何粒も飲んだり、ナイフで自分を刺したり、首を縄で絞めたり、踏切に飛び込んだり、信号無視して道路に飛び出したり。
 怖くなんかない。命だって惜しくない。そんなものくれてやる。幸せなひとときはあったけれど、だからといって生きる理由なんてどこにもない。息をしっかりとして生きていける場所なんて現れるわけない。
 そのあとは天国にいくのだろうか。それとも地獄か。
 幸せな方にいくのはきっと私なんかじゃない。もっと人生でたくさん成功してる人なんだろうな。天と地の差があるくらい。
 そう想った直後、ついに私の意識は途絶えた。