勢いよく部屋の扉を開けて閉める。それからドアにもたれかかり膝を抱える。

 弟は産まれなかった。流産した。だから弟なんて知らない。気持ちなんて永遠にわからない。それなのに心温さんは嫌味を言うように吐き捨てている。たぶん、私が聞いているとはわかってもわからなくても自然と口に出してしまうのだろう。

 いたたまれない。私には息をしっかりして生きていける場所がどこにもない。ゴールのないラビリンスを長い間彷徨い続けている。その状況は何があろうと変わらない。今までもこれからも、ずっと。そう思っていた。


 翌日。昨日とは打って変わったような春空が広がる中、図書室の引き戸を開ける。すると、椅子に座ってノートに何か書き込んでいた椋翔くんが顔を上げて、それから会釈をするようにペコリと頭を下げてきた。

 それに対し、とりあえず会釈を返してみる。私が席に向かおうとすると、椋翔くんは学ランのポケットからメモ帳を取り出し、ペンを滑らせる。

 何か筆談をしようとしているのかと思いながら隣の席に座ると、彼はメモ帳を見せてきた。

『おはよう。昨日はなんで、昼から話かけてこなかったんだ?』
 
 字の汚さからも怒りが伝わってくる気がして、恐る恐る顔を見る。すると、濃い琥珀色のビー玉ごとく冷ややかな瞳が睨んできた。

 やばい。磁力でもあるのだろうか。強制的に引き寄せられてしまう。あまりの怖さに体が縮みあがりそうだ。

 後退るように目を逸らす。それから鞄の中からメモ用紙とペンを取り出した。いちいち借りるのは面倒くさいし、いつ筆談が始まってもいいように用意だけはしていたのだ。

『そっちもなんで今まで話かけなかったんですか?』

 運命的なものを感じたとか言いながらも全然アグレッシブではなかったし、嘘つき。
 
『仲良くしろと言ったのは俺だ』