次の日。ようやくしびれを切らしたのか椋翔くんは筆談してきた。図書室登校を始めてから既に1週間が経っていた。
『そんなに何の本読んでるんだ?』
 椋翔くんはため息を吐いてから話題を変えた。タイトルを見せると『俺も知ってる』などと魅力を語ってきた。
 このシーンがいいとかこのセリフ言いたいとか本が好きな気持ちがひしひしと伝わってくる。顔は笑っていなかったけれど、姿勢は真剣そのものであった。
 嫌な話題ではなかったので、仕方なく付き合う。終始バカにされたりして苛立ちが湧くばかりであった。
 気づけば本の話をするだけで昼休みまで過ごしていた。丘先生は急な用事でもできたのか入ってこない。
『そうだ。小説が書き終わったんだ。榎さんに次のプロットをお願いしてほしい』
 急に思い出したように椋翔くんは言った。柚香ちゃんの気持ちも知らないで何を言っているのだ。でもこれは私が小説を柚香ちゃんに見せるチャンスかもしれない。
 でも私からお願いするって、フクロウ扱いされているみたいだ。やはり椋翔くんは最低な人である。
『なんで私が?』
 お願いしたいなら自分で伝えればいい。  
『だって榎さんと姉貴、仲良さそうじゃん。一緒に帰ってるとこ見た』
 確かに毎日のように3人で帰ってるし、見かけるのは必然的だろう。 
 でも……。 
『柚香ちゃんはもうプロットつくらないよ』
『なぜだ?』
 横目で顔を見てみると、またもやギロリと睨まれた。怖い。これはあまり見てはいけないものだ。私の寿命が縮む。でも目を逸らせない。目が椋翔くんによって固定されたみたいに動かない。言う事を聞いてくれない。  
『できた小説見せない椋翔くんが悪いんじゃん。一緒に作品を作ってるんだから見せるぐらいしてあげてよ』
 当たり前だろ、このクズ! 
 身を乗り出して、横からノートを覗き込もうとすると、椋翔くんは拒否するようにノートをパタリと閉じ自分の鞄に避難させる。
『なんで?』
『どうしてもやだ』
 いや、理由を答えるのすらも嫌なのか。この顔だけイケメンのクズは。
『椋翔くんは小説家になりたいんだよね?』
 1週間もこんなに集中して書いているんだもの。絶対になりたいと思っているはずだ。小説家になれば顔も名前も知らない人が自分の作品を読むことになる。それは必然的だ。出版する上でも誰かに見せる練習をしとかなきゃその現実に耐えられないだろう。
『なりたいけど』
 その時の椋翔くんの字は震えていた。今までみたいな小学生が力まかせに書いた汚い字とは違った。ふなふなと字が頼りない。
 顔を覗き込もうとしても、彼は俯いてこちらを向こうともしない。
 なりたいなら見せろ。けどってなんだ。