「てかさ、櫂冬くんもよく疲労骨折しないよね。私らはなったのに」
「テニスバカだからね。元々運動神経バツグンだよ。でも勉強はろくにできないし、いつも赤点ばっか。おかげであたしはいつもテスト勉強につきあわされてるよ」
 そう言って柚香ちゃんはあっけらかんと笑っている。
「そもそもなんでテニスなの?」
 運動なんでもできるならなんだっていいじゃないか。バレーでもバスケでもサッカーでも。どうしてそこまでこだわる必要があるんだろう。
「ほら、テニスってルール知らなくても気軽にできるでしょ?」
 確かに柚香ちゃんの言うことには一理ある。私もルールを知らないままやったけど、何回か良いスマッシュを打てていた気がする。でも……。 
「櫂冬くんっていつからそうなの?」
「最初からだよ」
 その顔は当然とでも言いたげだ。顔には出してないけれど大変そうなのは想像できる。
「どうしてそうなったの?」
 恋人同士なんだから理由ぐらい知っているだろう。
 しかし、柚香ちゃんは寝耳に水な言葉を返してきた。  
「それは知らない」 
 ありえない。嘘でしょ。 
「ふたりって、なんでつきあってるの?」
「そ、それは……」
 柚香ちゃんはそこで言葉を止めた。さっきまでの笑顔が消え、辺りは静かになる。どうやら聞いたらいけないことを聞いてしまったらしい。
「詳しいことはまだ言えない。けれどこれだけなら今言える」
 でもすぐに柚香ちゃんは口角を上げた。 
「えっ、言いにくいなら何も話さなくていいよ?」
「大丈夫!運命だったの。あたし達の出会い」
「運命?」
 首をかしげていると、柚香ちゃんは紙にふたりのフルネームを記した。それから「何か、気づかない?」とクイズを出すように問いかけてくる。
 「名前と苗字をよく見て!比べて」
『柳櫂冬』と『榎柚香』。ふたりの漢字をじっと見つめてみる。けれど思考を凝らしてみてもピンとこなかった。
「なんか似てたりするの?」
「部首の木へんだよ!苗字と名前、どっちにもある!だから運命!」
「そこ!?」
 確かによく見ればそうだ。簡単にわかることだった。でもだからって、大げさすぎないか。
「こんなことめったにない!って、初対面なのに付き合い始めたの」
 柚香ちゃんは弾けるような笑顔を見せてくれた。
「てかさ、虹七ちゃんも好きな人いないのー?」
 これ以上詳しい話は聞かせないと言わんばかりに柚香ちゃんは話を逸らしてきた。
「えー、いないよ」
「そっかー、でも運命の出会いあるといいね!」
「なくても平気だよ」
「えー、もったいない」
 そのあとも会話に花が咲いて、黄昏時に心温さんが気にかけてくるまで話が尽きることはなかった。夢のように楽しい時間で明日また会えるのに終わってしまうのが名残惜しい。それぐらい幸せだった。