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 図書室登校をすすめられてから数日が経った。だが、デコピンされてからは椋翔くんとは接点が生まれていない。
 朝来て目が合ったら彼は会釈をしてくれて私も返す。お互い笑顔は浮かべず、何か筆談を交わすわけでもなく椋翔くんは小説をひたすら書き、私はその隣の席で本を読むだけ。
 昼休みになってももちろん、柚香さんと柳くんが来ることはなくて丘先生が「一休みにどう?」って梅ジュースを振る舞ってくれるだけ。  
 帰りの時間になっても何も筆談を交わすことなくお互い無言で図書室を後にする。
 その環境に慣れてしまったのか、本の内容は自然と頭へ入るようになり、ぼんやりと過ごすことはなくなった。
 そんな中、ある本の中の言葉に目がとまる。――人生は生きづらいって思うことの繰り返し。悲しみの不の連鎖ばかりかもしれない。けれどふとした時に手を伸ばしてくれる人がいる。それは世界中の誰からも嫌われているような、わけのわからない人かもしれない。その人の叫びを聴いた時、あなたはまたきっと前を向いて生きていけるだろう――
 本当にそんなことがあるのだろうか。別の世界のことみたいで、今の私には到底信じられない言葉でしかなかった。
 だって、目の前の椋翔くんは最初は自分から話かけてきたくせに積極的に話かけてくれることはなくただ静寂が漂い、苛立ちが募る一方だったから。ますますわけがわからなくなった。
 仲良くなれると思うなんて柳くんと丘先生に言われたけれどそんな気はしない。ふたりは私を信じて椋翔くんのことを任せてくれている。その思いを踏みにじっているようで、もどしかった。
 まぁ、運命なんてものは信じてない。何があってもそれは変わらない。ただ運命的なものを感じたからって、それで私から積極的関わったってどうせ最後には悲しい現実が訪れて裏切られるとわかってるから。 
 柚香さんはよく帰りがけに櫂冬のラリーにつきあってと言ってきた。
 私はテニスなんかしたことないのに、櫂冬くんは容赦なし。女の子だから手加減もしてくれない。打っているうちにもうどうにでもなれ!と強く打ち返してやったことは何度あったか。そのおかげで苛立ちは吹き飛んだが、右の手首は疲労骨折した。そこは今テーピングされている。