ある日、たまには本でも読もうかと図書室へ向かっていた時だった。最上階に行くとそこには1人の生徒がいた。絹糸のように細い髪をしていて廊下にうずくまっている。途切れるような嗚咽が聞こえてきて、泣いているようだった。ふと中学生の頃の自分と重なり声をかける。
「大丈夫?ティッシュあげるから全部使っていいよ」
「あ、ありがとう」
 彼女はチラリと私を横目に見てそれからティッシュを受け取ってくれた。その目は栗色に透き通っていた。しばらく涙を拭っていたので、その間背中を擦りながら側にいてあげる。
「わたし、なんかねわかんないけどさ、嫌なことされちゃった」 
 落ち着き出した頃、彼女はぽつりと呟いた。
「私でよかったら話ぐらい聞くよ?」
「うん、昨日ね友達に誘われてわたしよく学校遅刻したりするんだけど、友達の約束の時間はなんとか守れてたの。そしたら誰もいなくてさ、わたし夜の7時まで待ったのに来なかったの」
 彼女は嗚咽混じりに話しながら顔を上げた。鼻筋がすっとしていて、どう見ても美女であった。 
「それはひどいねー。場所とか間違えたりしてなかったんだよね?」
 とはいえ、そんな時間までよく待つな。私だったら1時間待って来なかったら帰ると思う。 
「うん、してないの。ちゃんとメモして忘れないようにしてたから。でも次の日友達に聞いたら、『あんたがすっぽかしたんじゃん!』って言われて」 
 そう言って彼女はまた顔をうずめた。
「えっと、どういうこと?」
 間違えてないのに間違えたことにされてるってこと?
「これ、今回が初めてじゃないの。もう何回もされてるの」
 何回もという言葉が中学の頃の記憶と深く結びついてくる。「他に何かされたりした?」
「わたしが近づこうとすると、逃げていくの。何度追いかけても変わらなくて、わたし足遅いからその分つらくて。なんでみんなわたしから離れていくんだろう」
 自分が何をしたのかわからないまま、何かされて嫌われて、避けられて。それはきっとつらいことなのだろうと手にとるようにわかった。
「この世界ってどうかしてるのかな。それともわたしがどうかしてるのかな」
 彼女は膝を抱えながらあえぐようにうめいた。そのつらそうな言葉に何を返せば良いのかわからなくなった。中学時代の誰にも言えなかった、私の叫びを彼女が言葉にしてくれた。そのことだけを感じ、心の中で涙を流していた。