「憂鬱……」
それは人生で何度目かの虚しい呟きであった。誰もいない保健室の静けさに飲まれるようにして、跡形もなく消えていく。
おもむろに顔を上げて時計を見れば9時34分を指しており、休み時間だからか、壁越しに生徒の声がきこえてくる。
不登校を初めてから1ヶ月。私は担任の先生の提案で保健室登校を始めた。教室には行かず、保健室と家だけを行き来している。
それまで乱れていた寝癖頭も着崩していたテイシャツも今はない。整えたおさげの髪に紫淵のメガネをかけて、セーラー服を身にまとっている。いかにも地味ではあるが、だらしないよりかはましだ。
保健室で何をするのかといえば、先生と話をしたり、本に読み耽ったり。勉強というものには全く手をつけていない。
ふと窓の外を覗いてみる。そこには夏にふさわしそうな、バカみたいに眩しい青は広がっていなかった。灰汁をかき回したような曇り空から滝のように降る雨が、コンクリートをたたきつけている。
一応2年生ではあるが、進学か就職かも決めないままだ。習いたいこともやりたいこともない。
「虹七さんは本当に本が好きね」
「……勝手に入って来ないでください」
背後から引き戸の音がして丘先生がノックもせずに入ってくる。私は保健室登校してる身で、彼女はここの先生なんだから追い出す資格はない。けれど、声をかけれた途端、はっと現実に引き戻されるような感覚になるから不覚にも拒絶してしまうのだ。
「相変わらずこっぺくさいなー」
丘先生はこちらに歩いてきながら、悪態つくように、唇を尖らせた。
「……それ、どこの方言ですか?」
「知らない、生意気って意味らしいよ」
彼女はよくわけもわからない方言を使ってくる。そのおかげで「先生、おもしろいー」とすぐ打ち解ける生徒が多いんだとか。
でも私にはよそよそしく感じられる。穏やかな雰囲気で、焦げ茶色のポニーテールとアーモンド型の眉と目はいい。けれど、方言混じりなのが威圧的を与えるというかなんというか。
「へー、そうなんですか」
曖昧に返事をし、目線を下に落とす。すると、開いたままの本の文字が自然と目に飛び込んできた。でも先生が隣にいるという状況のせいで頭に内容が入ってこない。
「もう2年生なのになんで打ち解けてないんだろうね」
丘先生には近寄りがたい。いくら毎日顔を合わせる人でも絶対に仲良くなんてしてやるものか。
「丘先生もこっぺくさいからですよ」
「虹七さん、それは八つ当たりね」
ただ事実を述べただけ。そう考えようとしてもそう返されると心に重くのしかかる。反論しようとするも声が喉元で消えてしまい、何も言えない。
「あ、図書室登校するのはどう?先生は昼休みにだけ顔を出すし、来る人も少ないから大丈夫よ」
丘先生は思い出したように提案した。確かに今の私は完全なる本の虫だ。丘先生に頼んで図書室にある本を借りてきてもらうことは毎週のようにある。どうやら丘先生はそれが面倒くさくなったらしい。
とはいえ、好都合だ。丘先生と顔を合わせる時間は少なくなるし、私はその分本に集中できる。来る人がいても気にしなければいい。別に話す必要もないのだから。
「いいですね」
「図書室はこの校舎の最上階よ。隣に屋上があるけど、そこは立ち入り禁止だからね」
わかってる。入学式で生徒指導の先生に教えてもらったから。昔立て続けに飛び降り自殺する生徒がいて、見かねた先生が屋上を閉鎖したんだとか。
行くわけがない。そんな恐ろしい事件がある屋上なんて。幽霊でもでてきそうで足すら向かない。
それは人生で何度目かの虚しい呟きであった。誰もいない保健室の静けさに飲まれるようにして、跡形もなく消えていく。
おもむろに顔を上げて時計を見れば9時34分を指しており、休み時間だからか、壁越しに生徒の声がきこえてくる。
不登校を初めてから1ヶ月。私は担任の先生の提案で保健室登校を始めた。教室には行かず、保健室と家だけを行き来している。
それまで乱れていた寝癖頭も着崩していたテイシャツも今はない。整えたおさげの髪に紫淵のメガネをかけて、セーラー服を身にまとっている。いかにも地味ではあるが、だらしないよりかはましだ。
保健室で何をするのかといえば、先生と話をしたり、本に読み耽ったり。勉強というものには全く手をつけていない。
ふと窓の外を覗いてみる。そこには夏にふさわしそうな、バカみたいに眩しい青は広がっていなかった。灰汁をかき回したような曇り空から滝のように降る雨が、コンクリートをたたきつけている。
一応2年生ではあるが、進学か就職かも決めないままだ。習いたいこともやりたいこともない。
「虹七さんは本当に本が好きね」
「……勝手に入って来ないでください」
背後から引き戸の音がして丘先生がノックもせずに入ってくる。私は保健室登校してる身で、彼女はここの先生なんだから追い出す資格はない。けれど、声をかけれた途端、はっと現実に引き戻されるような感覚になるから不覚にも拒絶してしまうのだ。
「相変わらずこっぺくさいなー」
丘先生はこちらに歩いてきながら、悪態つくように、唇を尖らせた。
「……それ、どこの方言ですか?」
「知らない、生意気って意味らしいよ」
彼女はよくわけもわからない方言を使ってくる。そのおかげで「先生、おもしろいー」とすぐ打ち解ける生徒が多いんだとか。
でも私にはよそよそしく感じられる。穏やかな雰囲気で、焦げ茶色のポニーテールとアーモンド型の眉と目はいい。けれど、方言混じりなのが威圧的を与えるというかなんというか。
「へー、そうなんですか」
曖昧に返事をし、目線を下に落とす。すると、開いたままの本の文字が自然と目に飛び込んできた。でも先生が隣にいるという状況のせいで頭に内容が入ってこない。
「もう2年生なのになんで打ち解けてないんだろうね」
丘先生には近寄りがたい。いくら毎日顔を合わせる人でも絶対に仲良くなんてしてやるものか。
「丘先生もこっぺくさいからですよ」
「虹七さん、それは八つ当たりね」
ただ事実を述べただけ。そう考えようとしてもそう返されると心に重くのしかかる。反論しようとするも声が喉元で消えてしまい、何も言えない。
「あ、図書室登校するのはどう?先生は昼休みにだけ顔を出すし、来る人も少ないから大丈夫よ」
丘先生は思い出したように提案した。確かに今の私は完全なる本の虫だ。丘先生に頼んで図書室にある本を借りてきてもらうことは毎週のようにある。どうやら丘先生はそれが面倒くさくなったらしい。
とはいえ、好都合だ。丘先生と顔を合わせる時間は少なくなるし、私はその分本に集中できる。来る人がいても気にしなければいい。別に話す必要もないのだから。
「いいですね」
「図書室はこの校舎の最上階よ。隣に屋上があるけど、そこは立ち入り禁止だからね」
わかってる。入学式で生徒指導の先生に教えてもらったから。昔立て続けに飛び降り自殺する生徒がいて、見かねた先生が屋上を閉鎖したんだとか。
行くわけがない。そんな恐ろしい事件がある屋上なんて。幽霊でもでてきそうで足すら向かない。