隣からは椅子を引く音がして、目を開くと椋翔くんは座りながら深く息を吐いていた。

 その落ち着いた表情にさっきの状態が嘘だったかのように錯覚させる。慣れているのは本当のようだ。

「ねぇ――」

 話かけようとすると、彼はメモ用紙とペンを渡してきた。まただ。ことごとく筆談を強要してくる。

『聞こえすぎるってどういうこと?』

 言葉では聞いても、具体的にはわからない。苦しむ姿が一瞬頭にチラついてペンは止まったが、聞かずにはいられなかったためすぐに動かした。

『ごめん、その話はできねぇ』

 しかしやはり野暮だったらしい。あとで丘先生にでも聞けばわかるだろう。とはいえ、他に話題を振ろうと考えてもこれというものが出てこない。

「お待たせー」

 押し黙っていると丘先生が3つのコップをお盆に乗せて帰ってきた。その中には麦茶よりかは黄色い液体がくまれている。

 コップをこちらに渡してくれたので飲んでみると爽やかな味が一気に喉を満たしていく。何か悩んでいてもそれをわずかでも忘れさせてくれるような爽快感がその飲み物にはあった。
 
「……これ、何茶ですか?」 
「梅ジュースよ。先生の家が梅農家でよく作るの。おいしいでしょ?」
 
 丘先生は自慢げに話して私とは向かいの椅子に座りながら一口飲んだ。
 
 味を確かめるようにもう一口流し込んでみる。すると、梅の甘酸っぱい味がした。後味にはほのかな甘さが残り、氷のように冷たい。暑い夏にでも飲めば、より一層爽やかさを覚えそうだ。
 
「はい、ありがとうございます」

 喉が潤い、声が少し出やすくなる。無意識のうちに喉が乾いていたらしい。そういえば、図書室に来てから一口も水分をとっていなかった。夏なら間違いなく熱中症で倒れているだろう。

「初日なのにごめんねー。やっぱ保健室戻る?」