私は柚香さんに朝の筆談の様子を伝える。もちろん、偽りの姉弟関係になったことは伏せてだ。今思い出しても弟になってという発言は羞恥心を覚える。

「何それ、わけわかんないんだけど!心開いてるかどうかもわかんない」

 事情を話終えると、柚香さんは鬼のような形相でつめよってきた。怖い。柳くんに見せてる顔とは正反対だ。

「私も……よくわかんないです」

 無愛想な言葉と仕草と表情で、仲良くしろだなんて。

「ほんとムカつく。さっきもなんでか虹七ちゃんを追い出そうとはしてなかったし」
「えっと、わかんないです」
「あー、ムカつく。今すぐにでも櫂冬とラリーしたいわ!でも、手首がね……もう!2度とプロットなんて書いてやらない!」

 柚香さんは大きなため息をひとつついた。

「あの……椋翔くんはなんで声を出そうとしないんですか?小さい声とか筆談を強要するんですか?」

 面倒くさいし、私の調子をバグらすイケメンだしなんなの彼は。
 
「えーとね、椋翔くんは丘先生にも筆談を強要してきたらしいよ。耳が聞こえすぎてるんだって」
「えっ……聞こえすぎ?」

 なんだ、それは。何かの病気か?

「とにかく聴覚がバグってるの。詳しいことは知らないけど」

 柚香さんはそう言って怒り狂ったように引き戸を勢いよく開け、柳くんを連れて階段を降りていった。まるで嵐のような去り方だ。

 私はそれを唖然と見送るしかなかった。

「ちょっと、ふたりとも……あっ」

 丘先生が慌てた様子で出てきた。廊下は走るなとか言おうとしたんだろうけれど、もうふたりの姿はない。階段を駆け降りていく音が段々と遠くなっていくだけである。