「そんなことして……いいんでしょうか?」
「そうするしかない。それに虹七さんなら椋翔と仲良くなれると思います」
 柳くんんはそう言ってエールを送るように笑いかけてくれた。
 ――虹七さんなら椋翔くんとわかりあえる気がする。たぶん――
 丘先生といい、柳君といいふたりしてどうしてそこまで信じてくれるのだろう。
「柚香から聞きました。椋翔が自分から虹七さんに話かけたこと。僕にも柚香にもしてくれなかったことを椋翔は虹七さんにした。だから何かあると思うんです」
 首をかしげていると、柳くんは私の心を見透かしてきたような発言をした。
「何かって……なんですか?」
「僕は椋翔のことをよく知らない。それに友好的じゃないし、気に入らない。だけど本人に聞いてみるしかないと思います」
 知ってるわけがない。柳くんは椋翔くんと仲良くないみたいだし。でも聞かずにはいられなかった。
 目と鼻の先には築40年くらいの古びた一戸建ての家が見えてくる。周りはブロック塀で囲まれていて、入口には灰色に塗装された柵みたいな扉がある。その前で小さく手を振った。 
「そうですよね……じゃあ私家ここなんで。失礼します」
 扉を押して中に入り、鞄から鍵を取り出し差し込もうとする。でもその手は次の瞬間動かなくなった。
「待ってください。その癖みたいな敬語、直した方がいいと思います。柚香は優しいけど、敬語だとどうしても距離感じるから話しにくいと言ってました。僕的にも話しにくいです」  
 振り向くと柳くんは俯いていた。顔は見えないけれど、きっと辛い顔をしているのだろう。
 言われて初めて実感する。こんなに敬語が治らないのはなんか変だ。私、いつからそうなんだっけ。 
「そう、ですよね。頑張って直してみます」
 しかし、直そうと意識しても結局は敬語がこぼれてしまう。
「では、また」
 柳くんはペコリとおじぎをして踵を返した。自分の家は既に通り過ぎていたらしい。きっと私が敬語を使っていたせいだ。それで彼に気を遣わせてしまった。
 情けない。自分が惨めに思えてくる。
 その気持ちを潰すように唇を噛んだ。それからドアを開けて中に入る。リビングの電気はついていないが、かすかになにかがいるような物音がした。ポルターガイストか。それとも……。
「父さん、毎回こうだと心臓に悪い」     
 パチリと電気をつけるとソファにうずくまる父さんを見つけた。小6の時に母さんが亡くなってからというもの、ずっと病んでいるのだ。一応精神科医の仕事をしていて、中2のときに心温(しおん)さんという継母と再婚したが、過去を引きずっているらしい。