テーピングされている手首を上げて柚香さんは言った。その理論はまさに一途な乙女だ。

「そんなこと言ってたらまた再発しちゃうよ。っていうか、そのカレシさんも疲労骨折してたりしないよね?」

 ガラガラッ。
 丘先生が心配していると、また引き戸が開く音がする。その方に目をやると、紫色の淵が目立つメガネをかけた青年がいた。

 髪は栗色で上がり眉に大きな口がある。一見強気そうな容姿だ。

「やっぱり、ここにいた」
「よっ」

 彼はこちらに駆け寄ってきて柚香さんの隣の席へ腰掛けた。柚香さんは仲良さそうにはじけるようなスマイルを見せている。もしや彼が柚香さんのカレシなのだろうか。

「ごめんな、昨日は僕の練習に付き合わせて」
「いいのいいの。楽しかったから」 

 彼は顔の前に両手を合わせて、この通ーり!と頭を下げた。相当申し訳なく思っているようで、声は小さい。それに対し、柚香さんはまんざらでもなさそうにニコニコと笑っている。

「ありがとう。それより君は?」

 顔を上げて彼はこちらに顔を向けた。

「虹七ちゃんよ、あたしのクラスメイト」
「へー、僕は柚香のカレシの柳櫂冬(やなぎかいと)。虹七先輩って、呼んでいいですか?」

 やっぱり。
 
 それより先輩呼びなんて中学でもされたことがない。ろくに後輩と接してきていないからだ。だからか、ビクリと肩が揺れる。
 
「えーっと、うーん……先輩はつけなくてもいいです」
 
 なんか話してる感じぎこちない。柚香さんとはタメ口呼び捨てで話してる中、私だけが先輩呼びなんて。

「そうですか。じゃあ、虹七さんで。僕のことは自由に呼んでいいです」