「妊娠舐めてた。こんなに辛いとは」

 真夏の8月の夏バテに加え、妊娠初期のつわりで、アケロニア王国のグレイシア王女様は執務室で机に突っ伏して、ぐったりしていた。
 もう仕事どころではない。

 ちょうど、妊娠して3ヶ月弱。医師からは来月辺りからつわりも落ち着いてくると言われていたものの、今が辛い。
 イライラと頭痛、あとは吐き気とそれに伴う食欲不振。
 ここ数日は果汁を薄めたジュースを飲むのがやっとだった。

 こういうときに限って、伴侶が外交で留守にしていて頼れない。
 グレイシアが学生時代に自分が選んだ夫クロレオとは、学園を卒業してすぐ結婚していたが、なかなか子供ができなかった。

 グレイシア王女は今年24歳になる。
 そろそろ本気で子作りしなきゃなあと考えていたが、まさか夫が留守のこの時期に妊娠が判明するとは思わなかった。

 速攻で夫に連絡を入れると、慌ててすぐ帰国すると返事が返ってきたが、外交を優先させろと命じて、経過連絡だけ定期的に行なっている。



「グレイシア様、夏バテと伺いましたがお加減如何ですかな?」
「あとつわりな。もう無理、何も食えん」

 執務室に現れたのはリースト伯爵メガエリスだ。
 麗しの髭イケジジは、見た目だけならその青銀の髪や白い肌、ネイビーのライン入りの白い夏用の軍服などと相まって、とても涼しげな存在だ。

「おやまあ。ではお腹の御子は優れた資質を持ってお生まれになられますな」
「? そういうものなのか?」
「この国の統計上、母親の妊娠中、つわりが酷かった子供はステータスが高くなる傾向にあるそうで。我が息子カイルもそうでしたし、もう少ししたら嫁のブリジットもつわりで苦しむやもしれませぬ」

 リースト伯爵家は特に魔力値の高い血筋の家として知られている。
 アケロニア王家も、平均値以上になるステータスがいくつかある。

 母体と胎児、双方の魔力値などステータス値に差があるとき、母親につわりが出やすいと言われていた。
 そして、そうした子供は両親より何かしら上回るステータスを持つことが多い。



「妊娠中の過ごし方が、御子の気質を決めるそうですな。お心穏やかにお過ごしになられますよう」

 というわけで、メガエリスは小脇に抱えていた包みをグレイシア王女の机の上に置いた。

 ぺらっと風呂敷包みを開いてみると。
 出たきたのは、魔法樹脂の中に封入されていた海老入りのピラフと、調味液に漬け込まれた茹で卵だった。

「ん? 何だこれは、……ライス……と卵か?」
「冒険者ギルドのココ村支部に派遣中のルシウスから、『もう最高オブ最高の絶品料理です!』との手紙とともに届きまして。王家にも献上しに参ったところ、ヴァシレウス様がグレイシア様にも分けてやれと仰せで」
「あーそうか、もう昼か……」

 今日は朝から吐き気と目眩で、朝食の席にも顔を出していなかった。
 昼も、身体が怠くて食堂まで移動する気力がない。

 室内の執事を見ると、心得たように続きの間のほうに食器など食事の準備を侍女に用意させていた。

「うーん……食えなかったら申し訳ないのだが」
「ははは、まあ物は試しです、試し!」



 結果からいえば、グレイシア王女様は海老ピラフも味付け卵もモリモリ食した。

「ああ、グレイシア様、そんな一気に掻っ込んでしまわれては」
「食える。普通に食える、ていうか美味いなこれ!?」

 一人前をぺろりと平らげ、海老ピラフ2人前と味付け卵3個を食べ終えた時点で、執事からストップが入り、残念そうにスプーンを置いた。
 残りのまだ手を付けていなかった分は、メガエリスが再び魔法樹脂に封入し直した。
 これで出来立ての風味も保存ばっちりである。



「ああ、食った食った。助かったぞ、メガエリス。危うく妊婦用ポーションだけで食い繋がねばならぬところだった」
「息子の料理、なかなかのものでしょう?」
「うむ。褒めてつかわす! ……何か褒美にわたくしからも送ってやるか、ココ村支部へ」

 お小遣いは自分で冒険者活動で大金を稼いでいるようだし、お気に入りの菓子店から冷菓の詰め合わせでも送ろうと思う。